107・会談9
ジェレの剣先が横へ線を描く。
最初の右の一撃は受けられた。
だがこれは向うの反応を見るためのものだ、別に受けられること自体は想定の内である。続いての二撃目は左の剣で。それは剣を振らずに角度を変えただけで受けられたから、それなりに出来る人間と見ていいだろう。
けれど三撃目は――二撃目を振り切った勢いのままくるりと背を向けたジェレの腕には長い重り付きの紐がついていてそれが宙を舞う。背を向けたこちらに仕掛けようとした相手はまずそれを避けられない。
「何っ」
重り自体はぶつかっても怪我をするようなモノではないが、向うを一瞬止められればそれでいい。そのまま体をまわして、前を向いた時の攻撃が本命だ。ジェレが前を向くと同時にまた右手の剣で斬りつける。それは避けられる、だが続いた左手の剣は避けられない。
「くっ」
手ごたえはあった、だが浅い。
ザラッツは大きく後ろに数歩逃げていたが、構えを取ったもののその剣先は下がっていた。剣から左手が離れかかっているところを見れば、どうやら左腕に当たったらしい。
「さて……大人しく捕まってくださいますか? そうすれば命は助かりますよ」
ジェレは言いながら崩れた壁を越えた。けれどそこで……また彼にとって想定外のことが起こった。
「……ジェレ・サグ、この裏切り者め」
それを久しく聞かなかったセセローダ族の言葉で言われれば、少なくとも相手は同族の者だと咄嗟に判断する。そちらに目を向けて、目を見開く。服装的な特徴は間違いなくセセローダ族の者で、顔にも見覚えが確かにあった。
「ヨヨ・ミ、何故貴様が」
「それはこちらの言葉だ。答えろ、お前が爪の民の者を利用して……騙して、殺したのか?」
驚きのあまり呆然としたのはほんの一呼吸の程度の間で、すぐにジェレはクっと口角を上げてから口を開いた。
「あぁそうだ。どうせあいつらは自分達さえ贅沢が出来ればいいという戦士の誇りもないクズ共だった」
だから利用して、さっさと始末した。クバンで彼らの姿を見て、同じ部族の者であったからこそムカついた。彼らを使うことをスローデンに提案したのはジェレだった。
「ジェレ……様? あいつは?」
ジェレに続いて壁を越えてきた兵達が、蛮族の姿を見て困惑の声を上げていた。だが部族の言葉で話している段階で会話内容が分かる者はいない。ジェレは剣を一度ヨヨ・ミに向けてから犬歯をむき出して笑ってみせた。
「大丈夫だ、向うを捕まえたらあれもすぐ始末する」
けれど、クリュース語でそう返してからザラッツを見たジェレは、その姿が消えている事に気付いた。
――今目を離していた間にか? どうやって逃げた?
音もしなかった。走り去った気配も感じなかった。
まさかと思って急いで視線をヨヨ・ミに戻すと、彼はまだそこにいた。ジェレは剣を構えて吼えた。だが相手は構えない、代わりにこちらを指をさして告げてくる。
「覚えておけ。お前は我が部族の戦士として最悪の罪を犯した」
ジェレは走った、かつての同胞に向かって。けれどその剣が相手に届く前、その後ろにフードを被った人影が一瞬現れ――その直後、彼の姿も消えた。
「どういうことだ?」
ジェレはヨヨ・ミがいた筈の場所を斬った後立ち尽くす。そうして呆然と彼が消えた後を見つめていたジェレの耳に、近づいてくる兵士達の声が聞こえてきた。
「消えた? 何だ、転送か?」
「いや、転送はないだろ。蛮族がクーアの術なんか使える訳がない」
「ならグローディの奴は何故消えたんだ?」
「いや、そっちは見てなかったから……」
――転送?
確かにあの一瞬、ヨヨ・ミの後ろにみえた人影が転送の出来るクーア神官だったのなら転送の可能性はある。それなら目を離した少しの隙にザラッツが消えたのも理解できる。
そしてクーア神官がザラッツと蛮族であるヨヨ・ミを助けたというのなら、おそらくそれはグローディの連中が蛮族――セセローダ族と何かしらの接触をして協力関係にあると取れるだろう。
けれど彼はそこで暫く考えた後、集まってきた警備兵達に言った。
「まだその辺りにいるかもしれない、探せっ」
兵士達が慌てて辺りに散っていく。空はまだ光っていたが、何か落ちる音も悲鳴も聞こえないから今度は石まで落ちてきてはいないと思われた。ならばこのまま兵士達は探させておいていいだろう……恐らく見つからないだろうが。
ジェレは来た道を引き返し、屋敷へと戻ることにした。
そうして屋敷に着く少し前に空の光が止まったのを見て、ジェレは見事連中が全員逃げ切ったのだろうと思った。
ここで『会談』は終わり。
次回はちょっとこの件に関する後始末的なやりとりが入ります。




