102・会談4
ザウラに向けて旅立つ時、セイネリアという男はザラッツに一つだけ水鏡術の込められた石を渡してきた。水面を使って会話をするための魔法石、普通に冒険者をしていたら噂を聞いたくらいで見る事はないような品だ。
『あんたは今、俺の雇い主だ。どうしてもこちらに指示したいことがある時に使え』
現在領主代理のようなことをしているのだからそれの使い方は勿論ザラッツは知っていた。高価だからどうしてもという時以外は使わないが、各街や砦等には非常用アイテムとして常備されている。
それをわざわざ一介の冒険者が買って、しかも雇い主に渡してくるのだから相当にオカシイ。逆にこちらが渡すものだろうと言えば、それではこちらが使いたい時に気軽に使えないではないかと言われた。そもそも気軽に使うものではない、という前提はあの男には通じないらしい。
ただ渡されたのは一つのみ、そこがまた彼の頭のいいところではある。
正直を言えば、彼がザウラへ行った以降、彼に相談をしたくなったことは何度もあった。この事態にどう出ればいいのか――それを聞こうと思ったことはあったが、この一つがそんなことに使うために渡されたものではないのは分かっていた。指示したいことがあれば使え、ということなら決定権はこちらで、彼に動いてほしい時の指示用に使えということだ。
だから、使ったのはディエナを救出するため、潜入した自分と街にいる彼とで連携を取って騒ぎを起こし、彼女を逃がす――それを伝えるためだった。……まぁ実際のところはこちらはその程度の漠然とした計画を話しただけで、具体的にどう実行するかは全部彼任せになったのだから世辞でも『指示した』なんて言える話ではないが。
「何が起こってるんだ?」
外に出て入口の兵を片付けた途端、ザラッツは呟いた。
空が光ってあちこちで悲鳴が上がっている。兵士達が走って何かから逃げている。この騒ぎがセイネリアのせいであることは間違いないが何をしたのかは分からない。
「空の光はエーリジャです。とにかくこちらはこの騒ぎに紛れて逃げます」
言いながらレンファンは逃げるように走ってきた兵士を目隠しをしたまま斬って倒すと、空に向けて何かを投げた。様々な色の光が空を照らす中、そこで赤い光が空に生まれた。今彼女が投げた光石だろうか。
だがそれを最後にピタリと光は途絶える。次の光は生まれず空はただの暗闇に戻った。
「行きます」
レンファンが走り出した。当然ザラッツもディエナの様子を確認してからその手を取って彼女を追う。セイネリアはディエナには迎えを寄こすといっていた、例の石はレンファンにも渡しているから計画が決まり次第彼女に詳細を話しておくとも言っていた。だからここは彼女を信じてついていくしかない。
「待てっ、そいつらを捕まえろっ」
その声に、追手が来たかとザラッツは後ろを振り返る。
だが何故か、その兵士は別の兵士に止められていた。
「危ない、出ていくなっ、建物の中にいたほうがいいっ」
どういうことなのか――良く見れば外の警備兵らしき者達は皆建物へ向かって逃げていた。そうこうしている内に何か、モノがまとまって何かにぶつかる音と共に悲鳴が上がる。ただ音は遠くて何が実際起こっているのかは分からない。
――何をやってるんだ、あの男は。
何をしているか分からないが、何かのせいで兵士達が追いかけてこない。夢中で走っていればいつの間にか辺りは静かになっていて……だがまた少し経ってから、今度は先ほどとは少し違う、大きなモノがぶつかって壊れるような音が聞こえた、それも数度、こちらは近い。
「一体何が……」
思わず言ってからザラッツは口を閉じる。自分が動揺しているような言葉を吐いてはいけない。辛そうな息を吐くディエナを見て、周囲に追手がいないのを見てからザラッツはレンファンに声をかける。
「すみません、少し歩いても良いでしょうか」
「はい……そうですね。どうせあとすこしですし」
その言葉の意味は間もなく分かる。そこから暫く歩いてレンファンが向かう先を見れば、本館を囲んでいた壁が崩れて通れそうになっている場所が見えてきた。
う、思ったよりもこのシーンの文章量増えた(==;当初予定だと少しだけセイネリアのシーンが入る予定だったのですが。
って事で次回はセイネリア達のお話。




