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黒の主  作者: 沙々音 凛
第一章:始まりの街と森の章
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4・ごろつき

 露店街を抜けて、騎士が馬の歩行速度を上げた途端、軽く走ろうとしたセイネリアは今まさにすれ違おうとしていた男から伸びてきた手で口を塞がれた。すかさず傍にいた他の男に後ろから体を押さえつけられ、ひきずられるように傍の路地に連れていかれた。


 その路地には彼らの仲間と思われる男が更に二人いて、二人共が武器を持って待っていた。

 全部で四人の男に囲まれている事を知って、セイネリアは直後に抵抗を諦めた。


「はっ、やっぱただのガキだな。あのレクトーとシーラを始末したってこったから、どんな危ねーガキかと思ったんだが、所詮運が良かっただけか」


 成程、子供一人にこの人数で襲ってきた理由は、自分があの殺人狂共を殺した事を知っているからかとそう考えたセイネリアには、なら彼らが何を目的としているかも大体予想がついた。


「ボーズ、賞金が入ったんだろ? 大人しく出しな。なぁに、素直に言う事聞きゃあ殺しはしねぇよ、俺達も捕まる気はねぇからな」


 まぁ確かに、警備隊の男が子供を連れて、事務局員に熱心に交渉している姿は目を引きすぎたかとセイネリアは思う。それで金を受け取る姿を見たなら、この手の馬鹿に目を付けられるのは当然といえば当然だ。

 今の自分の状況を見て、へたに抵抗する気はセイネリアにはなかった。

 別に死ぬ事が怖い訳ではないが、死ななくて済む選択肢があるのに死ぬ気はない。所詮金なんてモノは自分自身とはかりに掛ける程大事なものではないのだ。

 だから大人しくこくりと頷き、セイネリアは懐に手を入れようとする。男達はそれを見て押さえつけていた手を放す。男達がせめて2人であればここで逃げる事も考えない訳ではないが、この人数ではリスクが大きい。セイネリアはそのまま懐にあった金の袋を差し出した。


「なんだよ、随分少ねぇな」

「交渉の礼として、警備隊の奴に少し渡したんだ」

「ち、これだからガキは金の使い方も知らねぇ」


 それはお前達の方だろ、と心の中で返しながらも、セイネリアは怯えたように下を向いて身を縮こませる。今はただの、怯えて震える事しか出来ない子供、そう思わせているのが一番無事にここを切り抜けられる可能性が高い。

 簡単に勘定をした後金を袋に戻した男は、その袋を自分の懐に仕舞ってから顎でセイネリアの両脇にいる男達に指示を出す。それがもう放せという合図だったのか、男達はセイネリアを解放すると少し距離を取った。

 だが、これで後は彼らも去るかと思ったのはさすがに考えが甘かったらしく、金を持った男はにやにやと嫌な笑みを口に乗せたまま、足を大きく引くとそのままセイネリアの体を蹴った。幸い、体を縮ませていたせいで腹をまともに蹴られなくては済んだものの、体は宙を飛び地面に叩きつけられ、セイネリアの体は勢いのままに壁の近くにまで転がった。

 地面に倒れた子供の体を、更に他の男達も蹴って来る。だがセイネリアは出来るだけ体を丸めながら、それを黙ってただ受けた。

 彼らにはこちらを殺す気はない。ただ、無力な子供を痛めつけて愉しんでいるだけだ。

 それからおそらく、こちらに恐怖を植え付けて、警備隊に訴え出る事を抑えるためだ。

 本当に、馬鹿が取る行動というのは分かりやすい、とセイネリアは他人事のように思う。


 だが、もしここで当たりどころが悪くセイネリアがこのまま死んだなら、彼らは馬鹿なりに運が味方をしていると言えるだろう。けれども生きてここを逃れられれば、運はセイネリアの方にある。この馬鹿者達はいつかきっと自らの愚かさを後悔する事になる……後悔をさせてやる。


 様々な形の足が、様々な角度からセイネリアを襲ってくる。

 その衝撃を受け止めるにはセイネリアの体はまだ幼く、貧弱で、蹴られる度に地面を転がる。視界はぶれて、天地がひっくり返る。

 けれどもセイネリアは蹴られながらも歯を噛み締めて、金茶色の不気味に光る瞳を迫ってくる男達の足にじっと向けていた。

 何度も、何度も、自分に迫っては蹴り上げてくる大人の足達を見つめる。時折、泥が視界を遮り、衝撃に意識が一瞬ブラックアウトしそうになっても、セイネリアの瞳はじっと男達の足を見ていた。


「いいかぁぼーず、命があるだけみっけものだと思って大人しくママのとこへ帰ンな。ヘタな事は考えねぇ方がいいぞぉ、この国じゃ弱いモンは弱いモンらしくちみちみと生きてりゃいいんだよ。そうすりゃ国に守って貰える」


 視界の中、男達の足は離れていく。

 セイネリアは血の滲む口元に、それでもにぃと笑みを浮かべた。

 弱い者を相手にする事で、自分が強い側にいると錯覚する愚かな男達。

 彼らにとって子供を蹴る事はただの遊びと気晴らし程度で、気が済んだ後は嘲笑と共に楽しそうに去っていくだけだ。殺す気はなくとも、うずくまったまま動かない子供の生死を確認さえしていく事はない。マトモな計算も出来ない、ただのごろつきそのままの存在だった。


 彼らの声と気配が去り、完全にいなくなった事を察すると、セイネリアはやっと体を起こそうとした。


「……ッ……」


 体のあちこちが悲鳴を上げる状況ではいきなり立ち上がる事も出来ない。壁によりかかって座り、口の中に滲む血を唾と共に吐き捨てた。後は手足を動かしてみて、胸や腹、体中を軽く触れてダメージの程を確認していく。

 どうにか打撲だけで済んで骨折している箇所はなさそうだった。歩けない訳でもない。

 セイネリアは、まだ口の中に広がる鉄の味に顔を顰めながらも、口元だけに昏い笑みを浮かべた。否、笑みどころか、笑い声さえ喉の奥から湧いてくる。最初は喉が引き攣るように、やがて、楽しくてしょうがないというように、肩を震わせて彼は笑う。


――どうやら、運はやはり、あいつらよりも俺にあるらしい。

  ならばきっと、奴らは今日のことを後悔する日がくる。


 今はまだ、セイネリアは何の力もない、ただの無力な子供だった。

 だが弱い者にとっては相手を倒す事が勝利ではなく、生き残ることが勝利である。今ここに生きている事がセイネリアにとっては勝利だと言える。

 そう、今を生き残れたなら次は絶対に彼らより強くなっていればいい。最終的に自分が彼らを踏みにじる側に立てればいい。上を見る事なく下を見て自分に満足する人間など一生雑魚のままだ。その程度の雑魚を上回れなくては、自分の生に意味を感じる事など出来る筈がない。


 笑い声が収まると、セイネリアは壁に手をついて立ち上がった。

 そのついでに左足を上げて、靴の中に手を入れる。

 賞金の内、僅かの金は靴の中に張り付けてあった。それが無事であるから、一応はまだ資金はマイナスにはなっていない。とはいえこの有様では当分は何も出来ないだろう。


「暫くは、ベロアのとこでも世話になるか……」


 知り合いの娼婦の名を口に出して、セイネリアは口元の血を拭って歩き出した。



この章の終わりまではストック分なのでさくさく上げる予定です。

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