42・お願い
カリンは困っていた。
洗濯干しの間周囲を見て回っていたスオートが帰ってきたと思ったら少女を連れて帰ってきて……当然カリンは見ただけでその少女の正体に気がついた。スザーナ卿の娘、恐らくは現ザウラ卿の婚約者アンライヤだ。服装からしてそれは間違いないと思われた。
しかもスオートは、更にとんでもない頼みをカリンにしてきたのだ。
「ねぇ、この子外に出た事がないんだって。一緒に外に連れていってもいい?」
確かに洗濯が終わったら街へ出かけられると言ってはあったが、それに彼女も連れて行きたいというのはかなりの無茶だ。
ただこれが、子供の無邪気な願い、というだけの話ではないというのも困るところではある。見たところスオートも彼女の正体に気づいている。それでもこんな無茶な頼みをしてくるのは……何かあった場合にもエデンスのところへ行けば逃げられる、と転送の事を教えてあるからだろう。
普通、領主の館というのは断魔石で囲まれていて転送で外に出るのは穴を見つけるしかなく、それは難しい事なのだが……ここは断魔石を埋めたのが相当昔らしく、あちこち穴だらけとエデンスは言っていた。
それでスオートには何かあったらエデンスと共に逃げるようにと言ってあった……のだが。つまりこれは、こっそり外に出てこっそり帰るのは転送で出来る、というのが分かっているからの頼みという訳だ。
「多少の時間なら姿が見えない事はよくあるから……長くなければ大丈夫だってさ」
成程このお姫様は、大人しそうな見た目と違って部屋を抜け出すのは常習犯らしい。
「ねぇ、出来るよね?」
「出来るよね?」
お約束通りララネナが兄のマネをして、それから後ろの少女をちらと見る。カリンは苦笑するしかない。
そこでこちらを見てくるスオートの心配そうな顔がつくりものだったら断るところだが、この少年の場合純粋にこの少女を喜ばせたいだけだというのが分かっている。そしてその言葉に、少しの間だけなら守ってくれるよねというこちらに対する信頼もあるから……出来れば叶えてやりたいと思ってしまう。
とはいえ情に流されるカリンではない。だから、考えた。
打算として彼女とスオートが仲良くなるのはメリットがある。ついでにこちらに対して好意を持ってもらえるというのもメリットだ。ただしそれは彼女を外に連れ出してから無事連れて帰ってこれた上、連れ出したのがバレなかった場合の話である。少しでも何かあれば大問題につながる。
ただ、それを分かった上でどうするか――主ならどう判断するかと考えて、カリンは決心した。
「仕方ありません、少しだけですよ」
途端、スオートがほっとした笑みを浮かべ、よく事態が分かっていないようだがララネナがはしゃいで兄に飛びつく。
「ただ勿論、一緒に外に出ていくのは無理です。ですのでそちらの方には一度お部屋に帰って頂いて、改めてもう一度部屋を抜け出して頂きたいのです。出来ますか?」
今度はそれをアンライヤに聞けば、少女は少し考えた後にこくりと頷いた。
なにせこの時点で彼女は部屋から抜け出してそれなりに時間が経っている筈だ。彼女の姿が見えなかった時間を最小限にするために、今から一緒に消えるのは不味い。
「では、お部屋にお帰りになられて誰かにちゃんとお姿を見せて安心させた後、少しして外に出られたらまたここにいらして下さい。貴女を外に連れだせる者を待たせておきますので」
言ってから頷いた少女に、カリンはまた少し考えてから言葉を付け足した。
「恐らく二人いると思います。一人は赤い髪でいかにも狩人といった出で立ちの男で、もう一人はちょっとひ弱そうな文官のような男です」
恐らく人相的な問題で、エデンスだけで待っていれば彼女が警戒する可能性が高い。女性であるレンファンかヴィッチェをつけたいところだが……レンファンは自分の代わりにディエナに付く事になっているし、ヴィッチェはこういう秘密裡に動かねばならない場合少々不安だ。だからここは子供の扱いが得意なエーリジャに頼もうとカリンは考えた。彼なら周囲の警戒もしてくれるだろうし、エデンスとも何気に仲が良さそうだから適任だろう。
……不安要素としてセイネリアも今は外に出ているから、これだけの人数を連れて行ってしまうとディエナの警護はかなり手薄になるというのはある。ただセイネリアの考えでは彼女が危険な目にあう事は現状ではまずない筈で、レンファンとエルがいれば大勢が一斉に襲い掛かってくるような事態でも起こらない限りは問題ない筈だった。
――貸しは作れる時に作っておくべきだと主ならそう思うでしょうし。
まったく不安がないとは言えないが、慎重になりすぎて絶好の機会を逃すのも愚かだと、主ならそう言うだろうとカリンは思った。
買い物に出る事になったカリン一行。
一応次はセイネリアサイドのお話。




