41・出会い2
「言わないで」
必死な瞳でこちらをみて、小さな声でその人物が呟く。スオートはこくこくと頷きながら視線をそれとなく外して……でもちらちらと何度も彼女を見ながら声を掛けてみた。
「も、もしかしてここで景色を見てたのかな。すごいよね、とっても綺麗だ、僕もう感動しちゃって」
「僕……?」
そこでスオートははたと気が付いた。今の自分の恰好を。
「あ、ご、ごめんなさいっ。クセで僕っていっちゃって……ワタシね、ワタシ」
「クセ……なの?」
「あ、はい、その……兄をマネしてたクセが……だめなのは分かってるけどついその……ごめんなさいね」
思わず口を押さえて内股でごまかし笑いをすれば、それで少女は納得してくれたのか、くすりと笑うと風景の方に目を向けた。
「そう、この屋敷の中ではここが一番眺めがいいの、本当に綺麗でしょ?」
「……うん、えぇ、そうなんだ。だからよくここにくるの……かしら?」
ここでスオートもおぼろげながら彼女の正体に気づいた。なにせどう見ても女中の恰好でも容姿でもない。
「そう、だって私はここから外へ行けないから……」
そうして寂しそうに言われたその言葉を聞けば、これはもう確定でいいだろう。だからスオートは、彼女の正体を承知の上で聞いてみた。
「ねぇ、外へ行ってみたい?」
ガーネッドという名前の由来らしい、赤味掛かった茶色の錆びた鉄のような髪色の女は、こちらを警戒しながらも出来るだけ余裕をもった雰囲気を崩さずに言葉の最後をこう綴った。
「……と、だいたいこんなところね。でもどうしてあの場で聞かないで今になって聞いてきたのかしら?」
あの情報屋がこっそり呼び出してこうして彼女と無事接触出来た訳だが、セイネリアはまず、彼女達が盗賊の仕事をすることになった訳と依頼内容を聞いた。
「貴様らが一度雇い主の元へ帰るならその方が良かったろ?」
言えば女は見せつけるように笑って聞いてくる。
「つまり、例え尋問用の術を何か受けたとしても、『何も言っていない』『保守義務は守った』と私たちが堂々と言えるためってこと? でももしそっちに寝返ったかどうか聞かれたらどうするの?」
「そう聞かれないように立ち回れるくらいの頭はあると思ったが」
「あら、随分買ってくれるわね」
そこでまたにこりと笑って女はこちらの手に触れてきたから、セイネリアは嫌味を込めた笑みで返してやる。
「それにどうせ、お前たちが寝返ったのがバレても、こちらもまだ特に指示を出していないから向こうも何も探れない」
「まぁ、確かにそうね。つまり、最初から私たちが無事仕事を辞めて開放されてから初めて駒として『使う』つもりだったって訳ね」
「そういうことだ。その方が互いにリスクが低い」
それで彼女は苦笑すると、椅子に深く腰掛けた。
ここは酒場ではあるが、例の情報屋の知り合いがやっている店という事で個室を貸してもらっているから少なくとも他人の目を気にする必要はない。声も一応押さえているが、まだ朝ともいえるこの時間では他に客はいないと言われていた。
女はそこからちらとこちらを見て、まだ自分が優位に立つことを諦めていないのか思わせぶりに聞いてくる。
「……でももしかしたら、開放されたフリだけで実はマークされてるかもしれないわよ?」
「少なくともお前に監視がついていない事くらいは確認しているし、その場合も考えての個室だ。……もっとも、お前がやはり向こうについていてこちらの話をリークするつもりなら別だが」
それでこちらも笑って顔を見れば、女はため息をついた後に頭を左右に振った。
「しないわよ。あんたを敵に回すなんて二度と御免だわ」
「それならいい」
女はふぅ、と息をついた。
そうして椅子から立ち上がると、こちらに向かって歩いてくる。
「あれから帰った連中はあんたの思惑通り、残った連中にまで呼びかけて全員あの仕事を下りたわ。こっちに帰ってからも知り合いに『怪しい仕事は受けないほうがいい』って愚痴って回ってたから、皆警戒してるし新しく集めるのも難しいでしょうね。……ただそもそも、雇い主側はもうその必要もなさそうだけれど」
「どういう事だ?」
聞き返せば、そこで女は今度こそ優位に立てるとでも思ったような顔をして笑ってみせ、手を伸ばしてくると座ったままのセイネリアの肩に片腕を乗せてきた。
「聞きたい?」
「あぁ、聞きたいな。いい情報なら買うぞ」
すると女は苦笑して、今度は体ごと近づいてくるとセイネリアの後ろに回って軽く抱き着いてきた。
「こっちはあんたに付いたんだもの、勿論タダでいいわよ。ただし、あの時大口を叩いただけの手腕をみせてみなさいよ。もし失敗でもしたら、大口を叩くだけの馬鹿だったとあんたの事を宣伝して回ってやるから」
プライドの高い女は悪くない。しっかり自分を見て笑ってみせる女にセイネリアも顔を向けて笑ってみせる。
「勿論そのつもりだ。宣伝文句は考えておかなくてもいいぞ。どちらにしろ失敗したら生きてないだろうしな」
「物騒な男ね」
「見た通りだろ」
女はそこで苦笑して、今度は息が届く程顔を近づけてきた。
「約束して、絶対にアタシがそっちに付いたのを後悔させないって」
言いながらその顔は更に近づいてきて、女の手がこちらの顔を押さえてきた。
この後、朝っぱらから……。まぁ主人公そういう奴なので(==。
次回はカリンサイドでのスオートの話。




