35・……のふり
スオート・ファベル・リア・グローディ――つい最近少年の名前についた『リア』という文字は、貴方が次のグローディ卿になる印だと母親が教えてくれた。そうして母は自分を抱きしめて『貴方だけは何があっても守るから』と泣きながら言ってくれたのを思い出す。
父が死んでふさぎこんでいる母のために、だからスオートは出来るだけ元気に振る舞っていたし、わがままも出来るだけ言わないようにしていろいろ我慢していた。
ただ、一時期は危険だからと外にも出てはいけないと言われてのが、カリンがついてくれたことで屋敷の中庭なら出ていい事になった。母も護衛がついて安心したのか、少しだけ元気になってお茶の時間にはたまに笑うようにもなった。
そんなある日、カリンと共に来た黒い男――すごく不気味な感じの男だがザラッツの紹介では、祖父を何度か助けてくれた冒険者でカリンの仲間らしい――が来てスオートに尋ねたのだ。
『お前の姉が今度スザーナに使節としていくことになった。お前もそれについていくか?』
本当は館の外に出たい、街に行きたい、別荘のある森へ行きたい――そう思っていたスオートは、二つ返事で『行く』と返した。
ただし、その為の条件を聞いて少しだけ後悔した。
それは、使節としていく姉の身の回りの世話をする侍女のふりをするというものだったのだから。
「お似合いですよ」
服を着せてくれたカリンを恨めしそうに見ながらも、ここまできたらもうあきらめるしかないと分かっているスオートは力なく笑った。
「服変えたくらいで女の子に見える……っていうのは悲しい、かな」
「スオート様くらいの歳ではまだそこまで外見に男女の差はありませんから、気にされる事はありません」
カリンはそういうが、同年代の男子としてそれが普通なのかどうかは同い年の友人もいないスオートには分からない。ただ妹のララネナとあまり身長が変わらないところを見ると、自分は少し小さい方ではないかとも思っている。
……まぁでもきっと、もう少し大きくなって本格的に剣の稽古を始めれば多少男っぽくなれるに違いない、多分、おそらく……とりあえず今はそう思う事にした。
「良いですかスオート様、これからスオート様の名前はスザンナです。申し訳ありませんが私はスザンナと呼び捨てでお呼びする事になります」
「うん、それは分かってる」
「後、人前ではディエナ様の世話をしているように見せる為、ちょっとした雑用をして頂く事にもなります」
「うん、それも分かってる、けど……」
事前に今回、自分がどういう立場になって、どう振る舞うのかは聞いてある。だから今更言われなくても分かっているが、それでもやはり不安はある。
「雑用って、ちゃんと出来る、かな……」
それにカリンは優しく笑ってくれる。彼女はとても美人だから、笑いかけられるととても嬉しい。
「大丈夫です、まだ見習い中という事になっていますので失敗しても構いませんし、ちゃんと私がお教えいたしますので」
「うん、出来るだけはがんばるよ。母様もね、そういう経験もいいかもしれないからがんばってと言ってくれたんだ」
「そうですか、ではがんばりましょう」
「うんっ」
女の子のふりは少しだけプライドが傷つくものの、その分行った事がない他の街に行って、多少なら街見物も出来ると言われている、こんな機会はめったにない。だからちょっと侍女達を観察して、その口ぶりをマネしてみたりとか……こっそりいろいろ練習だってしていたのだ。
「あらスオート……ふふ、可愛いわよ」
「兄様かわいいっ」
ただ、奥の部屋で準備をしていたディエナとララネナがやってきて、スオートを見て笑ったのには……ちょっと心がくじけそうになったが。
がんばれスオート君。という事で次回はスザーナ行き……の道中。




