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黒の主  作者: 沙々音 凛
第十一章:冒険者の章八
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30・重い足取り1

 森の中を歩く者達の足取りは重い。当然だろう、全ての予定が失敗して仲間の死体を運んで歩いているのだから。ただ、皆の顔は絶望しているという程ではない。希望……といえるかはおいておいても、思ったよりは酷い事態にならずにすんだとどこか安堵したような顔の者達は多い。

 あの襲撃の翌日、生き残った者はガーネット達のパーティも含めて全員、仲間の死体まで渡されて開放された。だからとりあえず全員で、雇い主のところへ向かって帰っているところだった。


 まったくあの男は何を考えているのだろう――とガーネッドは考えた。


 従うと言った途端、ガーネッドとその仲間達はあっさり縄を外されて、冒険者支援石まで返された上に、部屋の鍵も掛けないからとあの男は言った。


『見張りもないのかい? 逃げろってことかしら』

『逃げられると思うのなら逃げてみてもいいぞ。ただ、逃げるのと約束通り従うのとどちらがいいかはわかっているだろ? 俺は役立たずはすぐ切るが使える者なら見捨てはしない』


 それで部屋にランプ台を置いていき、そこから暫くして食事と上掛けが人数分持ってこられた。

 暗闇で拘束された状態から、明るくなった部屋の中で自由な手足で暖かい食事と寝床を得れば人間の考え方など簡単に変わる。小屋の外の惨状を見た後なら尚更、あの男の言う事を信じて従おうと思う――と言った彼女の言葉を仲間達は誰も否定しなかった。


「まったく、どういうつもりなんでしょうね」


 歩きながら横にいたゲルトがこそっと聞いてきて、ガーネッドは苦笑する。捕まった時に一番ひどかった彼の怪我は、アッテラの術でとりあえず塞いでもらった後、ご丁寧に砦のリパ神官までもが術を掛けてくれたからすっかり完治していた。


「さぁね、けど無茶を言ってきた訳じゃないし、こっちのリスクも低いし……それに、冷酷非道でも残虐ではないようだからね」


 とんでもなく冷徹な男だとは思うが残虐ではない。こちらをあれだけ脅してあの惨状を見せつけておきながら、実際は砦に襲撃きた人間達の半数以上、自ら投降したもの達は殺されていなかった。しかも次の日には罰もなしで無条件に装備を返して全員開放してくれた。


 さすがに彼女達以外の連中は支援石だけは取り上げられたままだったが、それもこのまま盗賊騒ぎが収まれば半年後には事務局を通して返してくれるらしい。逆に再び盗賊が暴れまわるような事態になれば、盗賊から取り上げたものとして事務局に届けるという事だ。


『こちらとしては盗賊騒ぎが収まって安全にザウラとの行き来が出来るようになればそれでいい』


 それさえできればわざわざ罪を与えてどうこうしようとは思わない――という言葉は、隠している事情はあっても嘘ではないと彼女は思っている。


 言われて生き残った連中は全員、この仕事を辞める事を自ら決めたし、この仕事をしようと思う人間がいたら止めるとも口々に言っていた。彼らは冒険者支援石を返してもらうために、これ以上この盗賊役をやる冒険者が出ないように出来るだけの事をするに違いない。持ち帰った死体を見せて惨状を話すだけで、襲撃に参加しなかった連中も仕事を辞めるだろうことまで予想出来る。


「でも何も聞いてこなかったことは気になります。裏があるんですかね、やっぱり」

「そりゃ裏はあるだろ。ただ知らなきゃこっちから漏れる心配もないからね」

「はぁ……?」


 ゲルドは戦力としては頼りになるがちょっとバカ正直すぎて複雑な話は分からない。それが短所でもあり長所でもある。ただあの男は――いろいろ考えてい過ぎてガーネッドにも全部意図を読み切れている自信はなかった。


 ガーネッド達に対して、従うといった後当然聞いてくると思っていた雇い主の話や仕事の内容を、あの男は特に聞いてくることはなかった。

 彼の指示は、開放されたほかの連中と一緒に雇い主の元へ帰って砦襲撃での惨状を話し、二度と盗賊のマネなどしないと約束して開放してもらったと、状況をそのまま雇い主に伝えればいいというものだった。

 ただ他の連中と違って彼女達だけは支援石を返されていて、その後の経過や、他の連中の動向等を、後で連絡するから出来るだけこちらに知らせるように、と言われただけだ。


次回はスザーナの待機場所に行ってからの話、でそこで盗賊編は終了。


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