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黒の主  作者: 沙々音 凛
第二章:首都と出会いの章
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17・一年

 それからの日々は、時の流れを感じる暇もなく過ぎた。

 毎日毎日規則正しく、ただ訓練と勉強と、合間に老人の昔話を聞く生活を繰り返せば時間が経つ感覚が麻痺してしまってここに来てからどれくらい経ったのかさえ分からなくなる。季節の変わり目さえあまり気にする事なく月日は流れ、気づけばセイネリアは一年をナスロウ卿の屋敷で過ごしていた。


「分っているか、お前が来てから丁度一年だ」


 とはいえそれも、ナスロウ卿が唐突にそんな事を言い出すまでセイネリアにその自覚はなかったが。言われて初めて、もうそんなに経っていたのかと思っただけだ。

 ざり、と砂利が音を鳴らす。刃が空気を斬る。


「言われなければ気づかなかったな、日付なんぞ気にしてない」


 避けられた剣を腕力で無理矢理止めて、反撃を受ける前に体を引く。


「若いうちはそう言ってればいいさ、歳を取ると一日一日が貴重で日の流れを確認せずにはいられないものでなっ」


 言葉の語尾に、剣同士がぶつかる鈍い音が重なる。受けた剣を斬り返して押し込めば、力では適わないと分かっているナスロウ卿は剣を受けずに逸らす。それに舌打ちをして一度距離を取れば、構えなおした老騎士は肩で息をしていた。


「確かにジジィの感覚など、俺には分からないな」

「全く、結局その口の悪さだけはそのままか、主に対してお前程失礼な従者は見た事がない」


 言いながらナスロウ卿が笑って、セイネリアも笑う。


「騎士試験に言葉遣いという項目はないのだろ」


 再び踏み込んでいけばナスロウ卿も一歩だけ大きく踏み込んでくる。剣身と剣身が再びぶつかり、擦れあう金属の耳障りな音が響いた。老騎士の剣がセイネリアの剣を受け止めるが、彼は直後に自分のミス――剣を受けた位置が自分に近すぎる事に気付いて顔色を変えた。

 セイネリアの足が老騎士の腹を蹴る。

 それで後ろに吹き飛ばされた老騎士は、だがかろうじて倒れる事はなく、剣を地面に突き立てて耐えた。とはいえ構えが取れていない時点でそれは致命的だ。セイネリアの剣が老騎士の前に突き出されれば、それで勝負は決まる。


「日の流れは意識していなかったが、自分が強くなっていく事で積み重ねてきた時間がある事は自覚出来る」


 言ってからセイネリアは剣をおろした。ナスロウ卿は皮肉げに口元を歪めると、剣を地面から抜いて真っ直ぐに立った。


「まったく、力技になると流石にお前にはかなわないか」


 言いながら彼が剣を鞘に納めた事で、セイネリアも剣を納める。


「自分の優位点は最大限利用すべきだ、とはあんたが教えてくれたんだがな」

「そうだな、お前の並外れた馬鹿力があるなら、小手先の技術を吹き飛ばす事も出来る」

「まさに今あんたが吹き飛んだようにな」

「ぬかせ、そこまでの口はせめて10本中5本は取れるようになってから言え」

「確かに」


 いくら純粋な力では圧倒できるとは言っても、やはり長く騎士として最強とも呼ばれていた男は巧い。力技に持ち込もうとしてもかわされて力を利用される事が殆どで、こちらの勝率は1割未満、まぐれか相手の疲労によるミスで勝った程度だ。


「ただ力技に頼ると剣にガタがくるのが早いな、これもそろそろ替えが欲しい」


 現在セイネリアが使っている剣は既に10本目を越していた。どうせ実践ではないのだからと刃がぼろぼろになる程度は気にしないが、剣身が折れたり、柄がイカレた場合は替えか修理が必要となる。


「人の物だと思って簡単に壊すな、まったく金の掛かる従者だな」

「それは否定しない、飯もたらふく食わせて貰っているしな」

「お前くらい遠慮なく食う従者もいないぞ、馬鹿みたいにでかくなりおって」


 言葉だけ聞けばこちらを非難しているように見えても、この手の話をする時のナスロウ卿はいつも楽しそうだった。……まるで、かつてアガネルがそうであったように。



一年が経ったというところでそろそろ騎士の従者生活も終わりに近づいて来ました。

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