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黒の主  作者: 沙々音 凛
第十章:冒険の前の章
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20・未練と決心

――やっぱりそろそろ潮時かな。


 警備隊の詰め所に向かいながらエーリジャは考えていた。

 セイネリアは絶対将来的にかなりのところまでいく男だ。上級冒険者になったのだって彼にとってはただの通過点で、これから彼はもっと仲間を集めて傭兵団を作るようになり、おそらく首都の冒険者としては一勢力を築くだろうところまでは間違いない。その先は彼の目的次第だろうが――ともかく、エーリジャはその彼の仲間、もしくは部下として同じ高みを目指すつもりはなかった。


 エーリジャにとって一番大切なものは名声でも金でもない。


 いや、金はあればあるだけ嬉しいけど――と考えてから、それでも一番大切なモノとは比べられないと赤毛の狩人は自嘲する。

 幸いなことに、あの貴族のパーティーでの二重報酬とバージステ砦の報酬だけでもエーリジャの普段の稼ぎの一年分近くが簡単に稼げていた。今までの貯金と合わせればそろそろ冒険者を止めて村に引きこもってもいいくらいにまでなった。

 いつも泣いて引き留めてくる息子をもう泣かせなくていいのだと思えば……ほっと肩の荷が落ちる気持ちと、一抹の寂しさが心に広がる。


 おそらくこのまま偉くなる彼についていれば、自分は平民出の冒険者として望めるレベルでは申し分ないところまでいけるだろう。

 例え周囲が不満に思っても、彼はこちらが危険な仕事を断るのを許可するだろうし、睨みを利かせて他に文句を言わせないだろう。仕事中でも危険な仕事は極力しないで済むように調整もしてくれるのは間違いない。勿論、運が悪ければそれでも死ぬ可能性はあるだろうが――あの男は自分が死なない限りは極力こちらを助けようとはしてくれる。

 身勝手で傲慢な男だが、自分が認めた人間は最大限の力で守ろうとする。

 まったく優しくなどないのに、信用も信頼も出来てしまう。どんな状況でも彼ならどうにかしてくれると思えてしまうのだから相当の大物だ。


――正直、楽しかったからなぁ。


 自分の力を最大限に使ってくれる人間ならいくら年下で偉そうでも従っていて楽しくならない訳がない。エーリジャだって腕には自信があるし、彼もまた弓使いでもあるからこちらの能力に理解がある――きっと結婚する前、若い時に彼に会っていたなら迷わず彼と行けるところまで行こうと思っただろう。今のこの状況にわくわくして、自分も早く上級冒険者になろうと気合いを入れていたところだろうなととエーリジャは思う。死ぬ可能性より、彼の仲間として上を目指すことになんの躊躇もなかっただろう。


 けれど、もうずっと前に決めていた。

 冒険者はあくまで金を稼ぐだけの手段で、将来息子が巣立つ時、好きな道へ行けるように準備をしてやれるだけの金を稼いだら辞めようと。

 上級冒険者になればそれなりに名前が売れて今回のように馬鹿な連中に狙われることもあるだろう。田舎村に帰っても、弟子入りしたいとか勝負したいとか、そういう面倒な連中に押しかけられることもあり得る。一度上へ向かうレールに乗ったら地味な村人には戻れない。だからずっとポイントを稼ぎ過ぎないようにしていたのに、彼との仕事で恐らくかなり危ないところまでポイントは上がってきてしまっている。


 最初は恩返しのつもりもあって彼に協力する事にしたが、実際彼との仕事は楽しくて――思い切れなかった、というのが正直なところだ。彼よりずっと長い間冒険者として仕事をしていたのに、彼との仕事では初めての事をたくさん知って毎回驚きとスリルの連続で、今までの冒険者生活の数倍濃い時間を過ごせた。


 だから、本当に楽しかった。

 正直、ずっとこのまま彼らと仕事を続けたいという思いも強い。


 それでももう、そろそろ終わりにしたほうがいい。

 一番大切なモノは何か、それを忘れてはいけない。

 何かを選ぶのなら、何かを諦めなくてはならないのは当然のことだ。






 あれだけの派手な襲撃事件は当然冒険者たちの間でも噂になって、結果としてセイネリアの名に更にハクをつけてくれる事になった。さすがにあの人数を返り討ちにしたという話が広まれば名前を上げるために襲撃してくるような雑魚もいなくなって、あれから二週間程が経つがその後セイネリアへの襲撃は一度もなかった。

 聞けば大体の上級冒険者達も上級冒険者と認定された直後に襲撃を受ける事が多いらしい。いくら腕に自信があっても毎回それではうっとおしいし安心して寝てもいられないからと、そこで大抵の者は単独行動を止めるそうだ。傭兵団のような組織を作るまではしなくても、信用出来る固定パーティの連中と共同で部屋か、人数によっては家を一つ借りてそこで共同生活をするようになる……というのがお約束であるようだった。

 そう考えればあの襲撃は相当に性質たちが悪かったが、あれのせいで他から襲撃をうけなくなった分、セイネリアにとってメリットも大きかったと言える。


「……おい、あれが……」

「あぁ、やべぇな……、40人以上いて本人は怪我一つ……ったんだろ」


 ただ少し、派手に宣伝し過ぎた感もあるが。

 冒険者事務局に向かっていれば、当然だが周囲に冒険者の姿が増える。まだ新しい方の噂であるせいもあってセイネリアを見ればこぞって周囲で話を始め、怯えた目でこちらを見てくる。

 セイネリアとしてはどれだけ混んだ場所でも道を開けてくれるから楽と言えば楽ではある。

 シェリザ卿の下にいた時からこうして道を開けてくれる者は多かったが、今回の件で――少なくとも事務局に自分で仕事を貰いに来ている程度の連中なら、まずこちらを見た途端、目を逸らして逃げるようにはなった。


 まぁどうせ、こちらを遠巻きに見てこそこそ話している連中など仕事を組んでメリットがあるような『使える』連中ではない。せいぜい好きなだけ噂を広めて、雑魚を怯えさせてくれればいいというものだ。


後1話、セイネリアが新しい仕事を事務局でもらってこの章は終了です。

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