5・祝い酒2
この国における騎士という称号は、別に主に忠誠を誓って戦う兵士ではない。いや、形式的にはそうである事にはなっているが、冒険者が『騎士』の称号を得るというのは単なる肩書欲しさ、ハクをつけるためというのが普通の認識だ。
一応騎士の称号を持ったら、いざという時の国の緊急収集には応じなくてはならなかったり、一定期間騎士団に所属しなければならなかったりといろいろ義務が発生はするのだが、そもそもこの平和なクリュースでは緊急収集自体が発令された事がないし、騎士団所属の義務は金があれば回避出来るしそうでなくとも2、3年の我慢だし、と普通はあまりデメリットに上げられるものではない。
それでも迷うのは――おそらく、その分かりやすい肩書をつけるのが微妙におもしろくないからだ。名などなくても実があればいいという……一種のあまのじゃく的な発想なのだろうというのは自分でも分かっていた。
「……まぁ、必要になったらいつでも取れるからな、だからこそ後回しになっている程度の話さ」
「フン、取れるモンはさっさと取っておきな。時間の浪費が出来るのは若いウチの特権だよ」
その言葉にひっかかりを覚えてセイネリアは瞳を細める。ただし何も言わずに老女を観察すれば、自嘲めいた笑みをうかべてワラントは呟いた。
「確かに坊やは大したモンだけど、あんたの器はそんなモンじゃないだろ。老い先短いこの婆に早く、すごい男になったと言わせてみせな」
その声のワラントらしくない弱い感じにセイネリアはさらに目を細める。ただ口では、分かった、とだけ返して、その日は長居せず彼女に別れを告げる事にした。
「ワラントの体はそんなに悪いのか?」
ワラントと別れた後、カリンの部屋にいって聞けば彼女は表情を曇らせた。
「このところ寝ている時間が多いですし、食も細くなって……本当はお酒も皆で止めているのですが……」
セイネリアは舌打ちする。
「掛かりつけの治療師はなんといってる?」
「歳だから無理はするなと」
ワラントの体を定期的に診ているのは娼婦街によくくる魔法使いの筈だった。
「アッテラか、リパ神官には診てもらったのか?」
「はい、組織繋がりのリパ神官様が定期的にやってきて治癒を掛けていってくれています」
魔法が日常にあるクリュースにおいては、ただの怪我なら生きていれば基本的には治せる。死んでいてさえ場合によっては蘇生出来る可能性もあるが、病気や老化は怪我のように手軽に治せるものではない。
一般的には、怪我ではなく体の内部的な部分の治癒はアッテラの術の方が得意という事になっているが、それでも病気や体全体が弱っている場合の治癒は難しい。病気の種類や患部が明確なものなら治せる場合もあるのだが、基本は体の抵抗力を上げるくらいしかできないと言われている。
しかもアッテラの術は体力のないものには意味がない。となればワラントにはほとんど効かなくて、だから治癒術といっても効果が薄いリパの術で体全体に活力を流し込む程度の事しか出来ない。
ちなみに、魔法使いの治療は基本的には薬と生活へのアドバイスであるから劇的な治癒は望めない。……魔女のように他人の命を吸い取れば魔法使い自身は老いさえ克服できるものらしいが、そんな手段が治療として一般に使われていないのは当然の話だ。
ただ、それでも。
「本気でヤバそうになったらすぐに連絡を寄こせ、魔法ギルドになら多少はマシな手段があるかもしれないしな」
「はい、了解しました」
人の命を吸うような手ではなくとも、もう少しマシな延命手段を魔法使いが持っている可能性は高い。そうでなければ禁忌を犯さずとも大抵の魔法使いが実年齢より若く見える理由がつかない。
「その……主は、ワラント様を大切に思ってらっしゃる……のですか?」
その聞かれ方は少し意外で、セイネリアは眉を寄せた。
「大切というのは違うな。まだくたばってほしくはないとは思っているが」
「では、それは何故、そう思うのでしょう?」
セイネリアはそれで少し考える。頭の中を整理して、筋道を立てて……だがこれは『大切』という感情ではないだろう。
「あの婆さんの存在は俺にとって有益だ」
それを聞いたカリンがわずかに悲しそうな顔をする。
「あとは癪だからだな。あの婆さんにはさんざん坊やと言われてきたんだ、一度くらいはあの婆さんが驚くくらい感心させて若造扱いを謝らせてやりたいじゃないか」
カリンは一度目を丸くして、それから笑った。
「主らしいですね」
次はここでちょっとセイネリアから離れて、エルとエーリジャの話。




