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黒の主  作者: 沙々音 凛
第一章:始まりの街と森の章
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3・騎士

「どうやら俺は運がいいらしいな」


 と、彼は呟いた。


 いくら戦闘能力のある冒険者に対しては、例え殺したとしても犯罪扱いにされないとはいえ、返り血をべっとりと浴びた子供が人前に出て何も言われない訳がない。

 だからセイネリアは自ら警備隊の者を探して、自分から事情を説明し、殺した男達の元へと連れていった。

 一応建前上、基本、この国の法律は弱い者を守れるように作ってある。怯えた様子を見せて襲われた事を説明し、後は夢中だったとでも言えば警備隊の男はそれ以上を追及しようとする程暇じゃない。

 それどころかこの男達が相当に殺して来ているのを会話で察していたセイネリアには、もしかしてと思うところがあった。


「――あぁ、確かに。こいつに賞金を掛けてる奴がいるな、ただお前は冒険者登録がまだだからな、その場合どうなるのかはちょっと分からねぇ」


 冒険者同士の争いで人殺しが罪にならない理由の一つに、冒険者同士の自浄効果を狙うというか、当事者周りで勝手に解決をさせればいいという国側の思惑がある。

 実際のところ、あまりに酷い連中は他の冒険者から疎まれて始末される事が多くあった。もしくは恨みを買った者に復讐をされるか、こうして賞金を掛けられて他の冒険者に殺されるか。

 あれだけ殺してそうな連中なら、何処かで恨みをかっているに違いない。

 しかもあの様子でははっきりと罪になる女子供を殺している可能性が高い。となれば既に犯罪者扱いで、事務局を通して公に賞金を掛ける事も出来る。ならば誰かが掛けている筈――その読みはどうやら当たっていたようだった。


 冒険者同士の争いでは人殺しも罪にならない――それを幸いと、好き放題に人殺しを愉しむようなおかしい連中は、最初は狙って罪になりにくい冒険者ばかりを狙うが結局は無差別殺人鬼として追われる立場になるのがお約束だ。そうならない連中は、途中で誰かに始末された連中だけだと言ってもいい。


 賞金の額自体は大したものではなく、だからこそ誰もわざわざ危険を冒してまで彼らを始末しようとはしなかったのだろうが、今のセイネリアにとっては十分役に立つ額だった。

 運がいいことに、声を掛けた警備隊の男は殺人狂に襲われた可愛そうな少年に同情的で、まだ冒険者ではないセイネリアが賞金を受け取れるよう代わりに交渉をしてくれた。それは決して同情だけではなく、手続きに掛かった手間分は男に礼として渡す事をほのめかした所為でもある。

 勿論、セイネリアは実際に警備隊の男には礼を言って金を渡した。金はいくらでも欲しいが、こういう時にはケチらない方が後々面倒にならなくて済む。

 金まで貰えばこちらの心象はいいままで終わる。この後、あの死体の殺され方に不自然なところが見つかったり、少々なら面倒事が起こったとしても、あの警備隊の男が適当にこちらにいいように処理しておいてはくれるだろう。

 好意が金で買えるのなら安いものだ、とセイネリアは思う。


「そういえば、金の使いどころは間違えるな、というのもあの女が言っていた事か」


 セイネリアは、可愛そうな少年に心底同情するようにこちらを励ましながら見送ってくれた警備隊の男を思い出して笑う。それから大通りを北に向かって歩きながら、ふと思い出して、また笑う。


「どうやら俺は運がいいらしい」


 と、呟いて。

 男の返り血を派手に浴びたセイネリアの姿はどこをどう見ても酷い有様で、とても大通りを歩けるような格好ではなかった。警備隊の男はそれを心配して体を洗わせてはくれたものの、さすがに新しい服まで用意してくれはしなかった。服も一応洗いはしたが、普通ならば血の跡が残って使い物にならない筈である。

 けれど今、セイネリアは大通りを堂々と歩いている。

 理由は簡単で、娼婦がセイネリアに与えてくれた服が全て黒い布で出来ていたからだった。血の匂いはまだ多少するものの、赤黒い血の跡は黒の中に溶け込んで普通に見ただけではわからない。

 服を買わずに済んだ、これは幸運といえるだろう。偶然が自分に都合のいい方に傾いているなら、それは運命がまだ味方であるという事だ。先程の襲われた件にしても、終わってみれば幸運に変わっている。

 ならばまだ、自分は思う通りに行けばいい。

 どうせ、その運が尽きれば死ぬだけだ。……その前に、運に頼らなくていいだけの力を手に入れる事が必要になるが。





 警備隊の詰所から出てきたばかりの場所は街の中でも東に位置していた。そこから更にまっすぐ東に行けば東門につく。東門といえばすぐ近くには冒険者事務局があり、街の中でも一番冒険者達が多く見られる地区である。冒険者事務局というのは名前の通り冒険者用の各種の手続きやらサービスやらを行っている国の機関で、領主がいるような大き目の街には大抵存在していた。

 ともかく、場所柄事務局の周囲は冒険者相手の露店が立ち並んでいて、昼間なら間違いなく街で一番活気がある場所だと言えた。


 僅かばかりの金が手に入ったセイネリアは、そんな東門の近くに並ぶ露店の品物を物色しながら人の間をぬって歩いていた。

 だが、背後で人々のざわめきと馬の蹄が聞こえた事でセイネリアは振り返る。

 道の真ん中、人々の頭から抜け出る高さにある馬の顔。そしてその上に乗っている人影は、この街で珍しいほど見事な全身甲冑プレートアーマーに身を包んでいた。


 その鎧の肩にあるマークを確認して、あれは騎士かとセイネリアは思う。


 他国では貴族である事が条件である『騎士』というモノも、ここクリュースでは騎士試験に合格する事で誰でもなる事が出来た。ただ勿論、試験はそう簡単に受かるものではなく、そもそも受けるだけでも、騎士に従士し、その騎士から試験を受けてもいいという許可証をもらわなくてはならなかった。他にも財産の有無やら細かい条件があって、それらを満たして試験に合格するのは腕は勿論だが最低限の教養と、そしてなによりコネがいる。

 つまり、そうそうになれるものではないし、なれればそれだけで冒険者としてのランクがあがるからこそ、その辺にいる下っ端冒険者達にとっては憧れの存在という事になる。

 人の多いところをわざわざ馬で行くのは馬鹿だとは思うが、それでも人々はその騎士を羨望のまなざしで見つめ、皆彼の為に道を開けてやる。騎士は手を上げてそれに礼を返していて、少なくとも騎士になるだけのご立派な人物であるだろう事は予想出来た。

 冒険者上がりの騎士の場合、騎士といっても全身甲冑等という高価な装備を着ている者は実は少ない。自分の馬を持っている者はそれよりも少なく、大抵の冒険者が乗る馬は事務局からの借り物だった。つまりこの騎士は、恰好からしてもかなりの実力者、もしくは金持ちという事になる。

 更によく見れば鎧にはリパ神の印に当たる重なった満月のようなマークもついていて、ならばあの騎士はリパの信徒でもあるのかとセイネリアは思う。リパはこの国の国教である三十月神教の主神であるから、信徒には貴族が多く、もしかしたらあの騎士も貴族なのかもしれなかった。

 ただ、セイネリアとしては、身分や金持ちというのは正直なところどうでも良かった。それより騎士になるだけの実力があるというのなら、この男のその戦う姿をぜひ見てみたいと思った。

 だからセイネリアはどこかの馬鹿が喧嘩でもふっかけないものかと、騎士の後を追ってみる事にした。子供が騎士を追いかける姿なんてのは別段珍しいものではないし、不審に思われる事はない。


 しかしその時のセイネリアの失態は、その騎士に意識が向きすぎて自分の周囲への注意力が欠けていたことだった。



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