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黒の主  作者: 沙々音 凛
第九章:冒険者の章七
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47・乱5

「な……ぜ、それ……いや、違う、なんだそれはっ、そんなものある訳がないっ」


 否定しても手遅れだ、しらを切るなら動揺した顔を一瞬たりとも見せてはいけなかった。それこそ余裕をもってそんなものは存在しないと見た途端笑い飛ばすくらいはしなければならなかった。


――これが三文役者の限界だろうな。


 領主が仕事を放棄してもマトモに回るくらいには、ここにいるデルエン卿の部下達は優秀ではある。となれば今の反応を見て、少なくともこの契約書に関してホルネッドは身に覚えがあるのだと判断したに違いない。


「嘘だ、陰謀だ、そんなモノ私は知らないっ、私よりもそんなよそ者を信じるのかっ」


 今更叫んでもそれを信じる者はほぼいないだろう。人々の非難の目がホルネッドに向けられる。それでも否定してセイネリアを罵り出した男の目を見据えて、セイネリアは笑って返してやった。


「そこまで否定するなら……そうだな、『告白』の術を受けてみるのはどうだ?」


 それはあくまでもさらりと思いついたように。

 ホルネッドの顔が凍り付く。だがそれは一瞬だけで、すぐに彼は唇に笑みを浮かべて言い返した。


「フン、何を言ってる……私の立場で軽々しく告白など使える筈がないっ」


 リパの『告白』の術は基本的には嘘が言えなくなる術だ。

 身の潔白を証明する一番手っ取り早い手段であるから、この手の政治的告発の場ではよく使われる。ただし、重要な地位にいる者は他の機密事項を公にしないためなら拒否するのは許されていて――当然セイネリアもそれは承知していた。


「そうか、なら代わりにあんたの部下や、魔女周りにいた連中にだめもとで片端から告白をさせてみるというのはどうだ? それであんたと魔女の交渉内容が分かれば、あんたがどれだけ父親の事を救おうと必死になっていたのか証明できるだろ?」


 それにはさすがにホルネッドの顔からさぁっと血の気が引いた。更に彼はびくりと震えて周囲にきょろきょろと視線を送る。彼に向けられていたのは殺意――元魔女の『お気に入り』達から向けられたそれに、彼はその場で崩れるようにしゃがみ込んで膝をついた。

 もしここで別荘にいた者達に告白させる事が決まれば、ホルネッドはかつての魔女の『お気に入り』達から命を狙われる可能性がある。いやそれ以上に、もし彼らの『告白』から魔女とホルネッドの契約内容がバレる事があれば、周囲から軽蔑されるどころか重罪確定だ。それならまだ大人しくこの契約書を認めてしまった方が傷は浅くて済む。『頭がいい』と言われた男ならその程度の計算は出来る筈だった。


「……あぁそうだ……私は焦り過ぎた……」


 ガクリと床に膝をついたまま項垂れた男に人々の非難の声があちこちで上がる。ホルネッドを支持していた筈の者達でさえ、彼を嫌悪の目で見つめていた。

 そんな兄をボネリオは悲し気に見つめる。その後ろにはいつの間にかオズフェネスが立っていて、彼は唐突に声を上げた。


「皆に宣言する、我オズフェネス・ルス・スルヴァンは、次期領主としてボネリオ様を推す。この方なら、この地を愛し、皆と共に領地を治めるよい領主になって下さると私は信じている」


 彼の良く通る声に、人々は一瞬黙る。

 だがすぐに、軍部の出席者達がそれに拍手を返し、やがてこの部屋にいる殆どの者がボネリオに拍手を送った。


――勇者様も腹を決めたか。


 実をいえばこの時点ではまだ、ホルネッドは完全に領主候補として除外される程追い詰められた訳ではない。政敵に対抗するため暗殺者を雇ったというだけならよくある話ではあって、特に今回はまだ実際に暗殺された者がいないから罪にならない。ハーランの死は調べられるだろうが、状況からしてあれは誰も罪に問われないだろう。だからこの件はホルネッドにとって、父の身より領主の座争いの方が大事な愚か者だったというイメージがついただけだとも言える。


 だが……ここでもし彼がまだ領主になろうとすれば、疑いをもった者達に調べられて更に立場が悪くなる事実が明るみに出る可能性が高い。

 なにせ、脅しや命令で人を操って上手くいっていたのは優位な地位があったからこそで、失脚が見えたホルネッドにはもうその手は使えない。見切りをつけた人間はさっさとより優位な陣営に尻尾を振って、ホルネッドを追い落とすネタを簡単に売ってくれるだろう。

 傷を最小限に抑える為には、ホルネッドは領主争いから大人しく身を引くしか選択肢はなかった。


 ちなみに、セイネリアが見せた契約書だが――当然本物ではない。


 ボーセリング卿とセイネリアが交わした契約書を見せて、それをマネて魔法ギルドに作らせた偽物だ。だからホルネッドから読めない程度の距離を取ったし、暗殺対象も日付も曖昧に言った。とはいえ契約書自体は確実にある筈だ――なにせここには『ボーセリングの犬』がいる、そんな者を雇うのは契約時期からしてホルネッドで確定だろう。だから偽の契約書で引っ掛けてみた訳だが……笑える程愚かな反応をしてしまったことで彼の野望は潰えてしまった。


――さて、あとはあのタヌキジジイとの交渉だな。


 人々に頭を下げられて困惑するボネリオを見ながら、セイネリアは窓の外を見た。


ホルネッドはこれで領主争いから脱落。

次回はその『ボーセリングの犬』のお話。

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