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黒の主  作者: 沙々音 凛
第九章:冒険者の章七
379/1203

45・乱3

「兄上、せめて大人しく捕まって下されば、命を落とさずに済んだでしょうに」


 顔だけは悲しむふりをして、勝ち誇った笑みを抑えられない唇でホルネッドは呟く。

 ハーランが武力行使に出るように追い詰めていたのはホルネッド自身だ、当然兄が行動に出た場合の対処についても準備済みに違いない。となればおそらく、元魔女のお気に入りであるハーランの部下達はホルネッドに繋がっていたと考えていいだろう。彼らがあっさりセイネリアを見て投降したのも、最初から適度に邪魔な連中を殺した後で投降するか裏切る予定だったと考えれば納得出来る。


「セイネリアと言ったな、お前の働き覚えておこう。あとで褒美を取らせる」


 既に領主になったような尊大な態度でそう言うと、ホルネッドは周りの兵達に死体の片づけを命じた。ハーランの死体については、丁重に扱え、とわざわざ言っておいてその死体を見下すあたり、まったく酷い三文役者だと笑いを抑えるのに苦労するくらいだ。

 だがそこで。


「父上っ、父上はどこっ」


 ボネリオの声に、ホルネッドは僅かに舌うちをするとそちらを向いた。見ればデルエン卿の元へ向かったオズフェネスとその部下達も周囲を探しているようだった。

 投げ出された筈のデルエン卿の姿がないというなら――セイネリアは周囲を見渡して、目立つ筈の杖を持った一団の姿を探す。そうして、彼らの姿を見つけるのとほぼ同時に、魔法使いケサランの声が部屋の中に響いた。


「大丈夫です、領主様はこちらにいらっしゃいます」


 周囲に安堵の声が上がる。けれど勝ち誇っていたホルネッドの表情が一瞬、忌々し気に歪んだのをセイネリアは見た。


「放り出されたと同時にこちらに転送しました、ご領主様は無事です、ご安心ください」


 ボネリオとオズフェネスが急いで魔法使い達の元へと駆けつける。

 無事だった領主の姿を見てボネリオが泣いて魔法使いに礼を言えば、周囲からは拍手さえ上がった。


――転送を使える魔法使いが一緒だったからな、大丈夫だとは思ったが。


 今回デルエン卿自身の身も危険な事は魔法使い達に言っておいたから、領主が放り出された時も大丈夫な筈だとは思っていた。もし死んだとしても大して支障はないが、生きていたほうが都合がいい。


 デルエン卿はそのままオズフェネスの部下達に抱えられ、当初の予定通り領主の椅子に座らされた。改めて完全に呆けている領主の姿に人々は顔を顰めたが、傍でその領主に話しかけているボネリオの姿に同情して別の意味で表情を顰める者も多かった。


「さて、我が兄が皆に多大な迷惑を掛けてしまった事をまず弟として謝りたい。その兄もこうして自らの命で罪を償ったとして許してやって貰えないだろうか」


 死体の処理や敷き布の撤去が行われる中、ホルネッドは椅子に座る父親の前に立ち、既に領主となったような口調で皆に向かって説明を始めた。同情した顔をして、兄が追い詰められていた事を訴えたかと思えば、兄が魔女に入れ込んでどれだけ金を使ったか、乱暴者で皆が困っていた――とまさに死人に口なしとばかりにしゃべりたてる様は、さすがにセイネリアとしても演技が臭すぎて見るに堪えなかった。


「さすがホルネッド様だ」

「まったく、ホルネッド様が領主となればこの地も安泰だろう」


 ホルネッド派の文官達がわざと大きな声でそう言い合っては拍手を送る。それにわざわざ異を唱える者はもうこの部屋の中にはいなかった。


――まさに今、奴は『勝った』と思っているところだろうな。


 けれど人間、そう思っている時程失敗をするものだ――セイネリアは多分今、人生で最高の瞬間にいるだろう男を冷ややかに見て思う。

 部屋の中をざっと見回してみても、彼の勝利が確定したものでないというのは分かる。本人は計画が上手く行きすぎて見えなくなっているだろうが、上手く行きすぎたからこそホルネッドに疑いの目を向ける者がいる。特に軍部の連中はもともとホルネッドを支持していないし、反感を持つ程ではなかったがよく思ってはいなかった。自分に酔って演技を続けるホルネッドの演説に不審の目が向くのは当然だろう。

 そんな中、自分を頭がいいと信じて疑わない盲目の愚者は益々調子に乗る。


「だらしない兄とだらしない父のせいで皆には長く多大な負担を掛けてきた。だが今後は安心して私を頼ってほしい」


 彼の支持者達だけが懸命に拍手をする。そのあまりのバカバカしさにセイネリアは笑い声を上げないよう苦労しなければならなかった。今の言葉でさえ、聞く者によっては反感を持つ者がいる事が分からないのだろうか。勝ち誇った末に次々とボロを出していくホルネッドの姿はまるで道化だった。


「それにしても、魔女の件は不幸な出来事だった。我が兵達にも多大な犠牲が出て、なにより父であるデルエン卿がこんな事になってしまった。だが私は魔法ギルドを責めるつもりはない、彼らは責任をとって魔女の計画を潰してくれた、彼らもまた魔女の被害者なのだ」


 この辺りのくだりはおそらく魔法ギルドへ貸しをつくるつもりだと予想出来た。基本魔法ギルドはクリュース国王としか直接関わりはしない。だがここで貸しを作っておけば、何かあった時にそれを使って協力させる事が可能だとでも考えたのだろう。


今回はホルネッドがただ調子に乗っているだけの話でしたが……次回で彼の笑みが引きつる事になります。


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