20・試合……未満3
途端、二人の動きはぴたりと止まった。
セイネリアの剣先はオズフェネスの喉元に、オズフェネスの剣先はセイネリアの腹の前に、互いに剣を寸前で止めた状態でいる二人にファダンは宣言した。
「引き分けだ、それでいいだろう」
わっと歓声と拍手が周囲の兵達から沸き起こる。意地でどうにか倒れず踏みとどまっていたオズフェネスは途端倒れそうになったが、その腕をセイネリアの手が掴んだ。
「……貴様、手を抜いたな」
引っ張り上げて顔が近づいたところでオズフェネスが小声で言う。誇り高いまともな騎士様なら怒って当然なのはセイネリアだって分かっていた、だが。
「あんたはここの連中の英雄様だろ、奴らの前であんたの負け姿など見せられるか。本気の勝負をしたいならギャラリーのいないところでいずれ頼む」
そうすれば彼も一騎士としてではない自分の立場を思い出したのか、その表情から険が消える。ふぅ、と大きく息を吐く音がすると彼の手がセイネリアの肩を一度強く叩いた。
「確かに……すまないな、ならばいずれ必ず」
これで彼と二人だけで話す機会を彼自身が作ってくれる筈だ。
そうしてオズフェネスは離れて行くと、はしゃいでいる兵とファダンの方へ歩いていった。
「さて、どうだった?」
試合が終わって傍にやってきたボネリオに聞けば、彼はまだどこかぼうっとした顔をしていた。
「……すごい、緊張感……だった」
そう言ってからまた黙る。セイネリアは苦笑して、歳は4、5しか違わないが背はこちらの肘程度までしかない少年の頭に手を置いた。
「あれでも実際化け物と戦う時に比べたら全然緩いものだ。命が掛かっていないからな」
ボネリオはそれにごくりと喉を鳴らす。また考え込んで青い顔の少年の頭を、セイネリアは軽く二度程叩くと手を離した。
「まぁ、ここまでの戦いを出来るように……なんてことは言わないさ。ただ今の戦いで何がすごかったのかが分かる程度にはなれ。勝てない相手は別に逃げてもいい、ただし逃げるべき相手だと即座に分からなければ逃げられない。その為には経験を積んで、状況を正しく理解する力が必要になる」
こくりと少年は頷いて、セイネリアをじっと見上げる。その瞳は子供らしい素直な憧れの瞳だ。正直自分に向けられるものとしては慣れなくて、セイネリアは苦笑するしかなかったが。
「っったく、大人しく護衛やってるかと思ってたらなーにやってんだお前はよ」
そこへどたどたと大股で近づいてきたのはエルで、その隣の少し下がった位置にはエリーダが当たり前のように立っていた。
「……そういうお前は大人しく師匠様をしているようじゃないか」
エルの顔が引きつって、彼はこちらに顔を近づけてくると耳打ちをしてきた。
「その件についてはあとで話がある」
「分かった」
澄まして答えれば、エルは険悪な瞳でこちらを見ながら一歩下がった。
「エル、どうやら訓練再開のようだぞ、行ったらどうだ」
「るっせ、わぁってるよっ」
そうして来た時と同じくどたどたと大股で歩いていったエルを見て笑えば、傍にいたボネリオが不思議そうな顔でこちらを見上げてくる。
「エルが彼女に剣を教えてるの?」
「剣じゃない、棒術だ。あの女は槍使いだからな」
「槍なのに棒術?」
「そうだ、槍は柄で戦う事も多い」
それに驚いたところは素人だが、いろいろ知らない事を知るのはいいことだ。今日一日でこの子供は精神面でかなりの成長があったのは確かな筈だった。
このシーンはこれで終わり、次回はその日の夕食時、エルの抗議。




