54・刺青2
「つまり、今はただの魔女の気分でお前が正気を保っていられる、というだけの状態か?」
「そうです、魔女はいつでも操ろうと思えば私を操れます」
少し強い声で聞き返しても、カリンの瞳の強さは変わらない。
「理由は、その刺青か?」
「……はい」
それはセイネリアにとって驚く事ではなかった。可能性が当たりだったというだけだ。だが正直、当たってほしくなかった可能性であって、セイネリアとしても対処を即決はしづらい。
「確かに面倒だが……おそらくもうすぐフロスがエル達と一緒に来る。少なくとも奴ならソレをどうすればいいかくらいは知ってるだろう。縛るのはその前にお前が暴れ出したらでいいさ」
わざと軽口で言ってみれば、彼女は微笑んで見せたものの少しも緊張が解けた様子はなかった。しかも、こちらをしっかり見つめてくる瞳には不安と怯えが見てとれて、状況に安堵している様子がまったくない。
だからセイネリアは言ってみる。
「その刺青、操る為だけのモノではないのか?」
途端、びくりと震えて怯える瞳を向けた彼女に、セイネリアは今度はある確信を持って尋ねた。
「もしかしてソレがあるだけで、いつでもお前の命を魔女の好きに出来る、という事はないだろうな?」
カリンの目が見開かれて恐怖に震える。それだけで答えは必要ない。
セイネリアは忌々し気に舌うちをして、軽く額を押さえた。のんびりフロスを待っていられる状況ではないという事だ。
「申し……訳、ありません」
「だから謝るな、それよりどうすればいいか、魔女が何かヒントになりそうな事を言っていなかったかでも思い出せ」
流石にこの状況ではセイネリアでさえ声にはっきりと苛立ちが入る。
セイネリアは考える――とにかく今すぐここで、となれば魔法的な対処は無理だ。出来る事は物理的な手段しかない。となれば、取れる手は一つしかない。
「……それは実際彫ったものか? 魔法でつけたモノではないな」
彼女の目を見て聞けば、カリンは懸命に平静を保とうと姿勢を正した。
「はい……この刺青自体は普通に彫ったものです。ただ、後から何か魔法を掛けていました」
刺青が先にあってそこへ魔法を込めた、もしくは刺青それ自体に魔法が掛かった色の素材を使っているか――どちらにしろ、物理的に彫った刺青があるからこそ魔女の魔法を通しているというならやりようはある。
「カリン。痛みを耐える自信はあるか?」
聞けば、頭の良い彼女は意図を理解して、一度ごくりと唾をのんでから笑った。
「はい、大丈夫です。ちゃんと訓練を受けています」
幸い刺青はさほど大きいものではない。物理的に描かれた刺青の所為で魔女の魔法が通るというなら、物理的に刺青を除去すればいい筈である。
セイネリアはカリンから取り上げていたナイフを取り出し、その刃を見つめる。セイネリアの持つ大振りな短剣は正直切れ味に問題があるが、これならば傷を最小限に出来る筈だった。
「エルが来たら出来るだけは治させるが、お前にどんな傷が残ろうと俺は気にしない。だからお前も気にするな」
セイネリアはカリンの目の前に片膝をついてしゃがむ。
視線の高さが合えば、彼女は無理に笑みを作った。
「はい、気にしません」
それに僅かに笑ってやってから、セイネリアは彼女を引き寄せて自分に抱き着かせた。
「足は見るな、俺に抱き着いていろ」
「はい」
少し安堵した声と共に、素直に抱き着いてきたカリンの体を引き寄せて、セイネリアは彼女の足を押さえた。
「なんならマントを噛んでていいぞ。……ベッドでだったら、爪痕でも歯型でも許してやったところだがな」
「はい」
クスリと、少し笑みを含んだその返事に続いて、セイネリアは彼女に言った。
「いくぞ」
そうしてセイネリアはカリンの足にナイフを入れる。ぷつりと膨れあがった血だまりが崩れると、銀の刃に赤い線を描いて落ちた。
セイネリアの場合、優しいというよりは女慣れしているという方が正解です。
次はやっと合流、かな。




