45・魔女の僕2
「私が欲しくないの?」
「そうだな、あんたが欲しいだけで僕になる気はない。ただ、ちゃんと双方互いの利益になる契約の上で従え、というなら条件によっては考える」
女は不機嫌そうに眉を寄せる。だがまだぎりぎり怒るところまではいかなかったようで、気を取り直すと今度は媚びる為の笑みではなく、計算高い魔女らしい顔で口角を上げた。
「そういう冷静なところも使えそうな男ね。いいわ、ならまずは交渉ね」
言いながら女はカリンを自分の横に呼ぶと、その肩に手を乗せてこちらを見た。
「まずはこの彼女、貴方にあげましょうか?」
「そいつは最初から俺のものだ」
即答で返せば、女は楽しそうに笑った後、立ったまま動かないカリンに体を擦りよせる。カリンがその間もまったく動かないところからしても完全に暗示状態だ。
「でもね、気に入ったから私のものにしちゃったの。けど、貴方が私の下につくなら返してあげてもいいのよ。勿論、欲しいのなら彼女だけじゃなく、私でも……他の者でもよりどりみどり」
「他の者、というのは、攫った娼婦達か」
「えぇそう。彼女達の間じゃ貴方って相当の『顔』みたいじゃない? 真の酒池肉林を経験してみたくない? 今の私ならどんな贅沢もさせてあげられるわ、私の為に働いてくれるだけで望むだけいい目にあわせてあげられるわよ」
自分の事を娼館巡りをする女好き……とでもこの女は思っているのだろうか。相手の程度を計る為に会話を続けるようにしていた訳だが、その価値はなかったかもしれない。セイネリアとしてもいい加減面倒になってきていた。
――この女の頭の『程度』は大体わかったしな。
だからそろそろ様子見はやめる事にする。未だに自分の言葉に酔っているような馬鹿女に、セイネリアはそこまでの会話の中で一番楽しそうな笑みを浮かべると言ってやった。
「攫われた娼婦達はまだしも、お前のようなババアはいらないな」
「ば……」
それまでの余裕が吹っ飛んで、女の瞳がまん丸に見開かれる。あまりにも思っていなかった事を言われて一瞬自失したらしい女のまぬけ顔を見て、セイネリアは殊更馬鹿にするように笑ってやった。
「本当の歳はいくつだ、婆さん。あんたの趣味悪い恰好や男への媚び方は加齢臭がきつすぎて見てられるものじゃない」
流石にそこまで言われれば内容がしっかり把握出来たようで、女の顔が明らかに怒りの形相に切り替わった。
「貴方の目は腐ってるのかしら? この私にババアだなんでよくも……」
「腐ってるのはあんたの中身だろ。しわしわババアの意地汚い本性がよく見えるぞ」
女の瞳が怒りに燃える。その瞳のまま女は口角を更に吊り上げると、セイネリアに殊更冷たい声で告げた。
「馬鹿な男……いいわ、惨めに死になさい」
言うと同時に魔女は杖で床を叩く。そうすれば床が光ってその場にまた、先ほどと同じ――牛頭の化け物が現れた。
「私を馬鹿にしたむくいを受けるといいわ」
化け物は雄たけびを上げると持っている幅広の剣を振り上げた。
セイネリアはそれに槍を構える。
だが……化け物が動くより先に、黒い影が真っすぐセイネリアの喉を狙って飛んでくる。セイネリアが魔槍の柄でそれを弾けば、影は飛んで離れて近くに着地した。
長い黒髪が本人より遅れてふわりと下りる。
すぐに隙なく構えたその姿は……ナイフを構えたカリンだった。
はい、お約束展開です。
ですがここで一旦、次回からエル達の話に切り替わります。




