44・魔女の僕1
背の高いセイネリアからみても1.5倍はあるだろうという大男の体はただ大きいだけでなくまさに筋肉の塊で――だが、何よりもソレの頭は牛そのものであり――正真正銘の『ただの』化け物だった。
「ガァッ、ガフッ、ガフッ」
化け物の血が飛び散る度に、その顔に相応しい獣の声が上がる。
魔槍の派手な斧刃が敵のガードした腕に傷をつけて行く。血だらけになって肉が落ちてさえいるのに腕をまだ下げないのは流石化け物というところか。後は受けると同時に下がっている所為で刃の入りが浅いせいもあるのだろう。思った以上にいい動きの相手に感心しながら、セイネリアは化け物を追い詰めていく。
化け物の背が壁についたと同時に足が止まる。そこですかさず懐に入って出来るだけ低く屈めば、防御に必死な化け物は腕が死角になってこちらの姿を見失った。
慌てた化け物は腕のガードを崩す。だがそれで化け物の目が捉えたものは、セイネリアの姿より先に槍刃の光る先端だった。再び腕を上げようとしても間に合うものではなく、セイネリアの持つ魔槍はその腹を深く貫いた。
化け物が、ゴガ、と鈍い声を上げる。
ふらついた足を見て、セイネリアは槍を引き抜くとすぐさま後ろへと飛びのいた。化け物の上半身が前へと倒れていく。完全に相手の腕が落ちた所為で見えた顔に笑ってやると、セイネリアは最後に敵のその喉に向けて槍を伸ばした。
倒れてくる化け物はまるで自分から刺されようとしたように、魔槍の槍刃に喉を貫かれて絶命した。
セイネリアが横へ払うように槍を引き抜けば、化け物の体は地面へと落ちる。
こんなデカ物の下敷きになるのなんてごめんだから、セイネリアは槍を引き抜くと同時に横へと退いていた。頭は牛で体は人間――まるで人間と牛とのキメラのような化け物は、人間型だけあってそれなりに知能があったようで人間と戦っているのと殆ど同じ反応をしてきた。
ただ所詮牛と混ざっている所為か、それとも元から化け物として人間以上の身体能力があった所為か、やはり豊富な戦闘経験がある者に比べれば動きは雑で単純だった。だから魔槍を呼んで、最初から殺す気のセイネリアにはさほど恐れる敵ではなかった。
「「本当に強いのね、貴方。素敵だわ」」
部屋にまた女の声が響く。今度は明らかに媚びを含んだ甘ったるい声にセイネリアは内心呆れる。どうやらこの魔女は男なら全員自分を欲しがると思っているようで、その自信のありように笑ってしまいたくなる。
ただ、声からすればこちらを気に入ったのは確かなようで、セイネリアが暫く待てば部屋の一画が光ってそこに女が現れた。
ただし、人影は一つではなく二つ。一人はあの高級娼婦のような魔女、そしてもう一人は……カリンだった。
――不味いな。
セイネリアは僅かに目を細めた。
カリンは特に拘束もなく女の横に立っていた。顔はうつむき加減で瞳には生気がない。何よりセイネリアを見ていない段階で暗示状態なのは確実だろう。拘束がないという事は逃げる心配がないという事で、例の下僕としての暗示が既に掛かっていてもおかしくはない。
「男なんてただの使い捨てでいいと思ってたけど……貴方ならちゃんとした僕として、私の傍に置いてあげてもいいのよ」
これみよがしに胸をつきだして腰をゆらす女に、セイネリアは思わず鼻で笑う。自信家は予想していたが、これだけ自信満々でこられれば失笑を通りこして爆笑したくなる程だ。
ただ女はセイネリアの笑みを自分に都合よく受け止めたらしく、満足そうに笑うとまた一歩、こちらにやってくる。
「生憎、女の下僕になる趣味はないな」
上機嫌だった女の表情が固まって足が止まった。
ミノタウ○スじゃん、と言われればそのままですが、この世界にいろいろいるキメラ系の一種ってことで。
次はセイネリアと魔女のやりとり。




