42・あてつけ
カリンは困っていた。
なにせ、どう動けばいいのか分からない。
ヴィッチェが落ち込んでいてちょっと不安定だったから彼女の力になってやりたいと思ったものの、そうして彼女についていたらフォロからの視線に敵意を感じるようになった。ヴィッチェとフォロは仲が良かった筈なのに今はそうとは思えない状態で、フォロが睨んでヴィッチェが目を逸らすという、なんだか二人の性格からすれば正反対な反応をするからまた分からなくなる。
結局、自分はどうするべきなんだろう。
「別に私に付き合わなくていいのよ、向こうで楽しくやればいいじゃない」
ヴィッチェはそう言っているが、向こうは確かに一見楽しそうにしているように見えて、その実こちらに気を使いまくっているのが目に見えて分かる。
「ちゃんと話せばいいのではないですか?」
「まだ……人がいるところでは、嫌、かな」
そう言われればそれはそうだろうなと思うところもある。まだ彼女の中で気分の切り替えが出来ていない段階で『皆と飲んで騒ぐ』なんてことは出来ないとしても仕方ないだろう。
それでも逆に、この機会に酒の勢いでもなんでもいいから言うだけいってすっきりしてしまえばいいのにという思いもある。いっそ彼女に思い切り飲ませてしまえば勢いでアジェリアンに訴えにいくだろうか……などとも考えたが、彼女が酔うとどうなるタイプか分からないからへたに実行は出来ない。一応顔見せの酒場で飲んだ中ではあるが、あの時は話し合いがメインだから飲んで騒ぐなんてマネはしなかった。そう、エーリジャが飲むとちょっと困る事になるのをアジェリアン達が知らないように、ヴィッチェが飲むと困る事態になる可能性はある。エルなら多少は知っているかと聞こうと思ったら、彼は他の隊の知り合いに呼ばれて馬鹿騒ぎにつきあっていた。
だからやっぱりカリンはどうすれば分からず悩むしかなかった。
けれど。
「なんだ、飲みもしないでこんなところで落ち込んでるのか?」
その声を聞いた途端に、カリンは自分でも目一杯の笑顔を浮かべて振り向いたのを自覚した。
「何よあんたは。あんたに用なんかないわよ」
いきなりやってきたセイネリアを、ヴィッチェはちらと見てから目を逸らした。セイネリアは気にした様子もなくカリンを手招きして――呼ばれればカリンとしては彼のもとへ行くしかない。それでも気になってヴィッチェを振り返るカリンの頭に手を置いた彼は、残されたヴィッチェにまた話しかけた。
「そうか、俺も別にお前に用はない。ただ一人で飲むのもいい加減飽きたからな、カリンを迎えに来ただけだ」
「そう……」
ヴィッチェは聞いて益々膝を抱える。
「で、お前はいつまでそうしている気だ? こういう席で一人で落ち込んで雰囲気を盛り下げているのは迷惑なんだが」
「悪かったわね、なら皆に見えないところに行けばいいんでしょ」
「だめだな、お前がいないならいないで、お前の仲間連中は楽しめないだろう」
「……いいじゃない、私なんか気にせず楽しめば」
「それが出来ない連中だと、組んでたお前は分かってるんだろ? それともその態度はあいつらに向けての嫌がらせかあてつけか?」
その言い方にはさすがにカリンも大丈夫かと心配になっていると、案の定、ヴィッチェが怒って顔を上げた。
「ちょっ……あんたそこまで私を悪人にしたいの?」
怒鳴ったもののセイネリアと目があって、ヴィッチェはまた顔を下した。カリンの主である男はその彼女を見下したまま冷たい響きの声で言う。
「そうじゃないなら堂々と皆のところへ行けばいい。お前がしでかした事は間違いだが、悪意があった訳じゃない。それを皆が許してくれないと思っているなら、お前は仲間を侮辱しているも同じだ。あいつらがそんな安っぽい連中だと思うのか?」
ヴィッチェは唇を噛みしめて、また膝を抱える。主の事だから考えがあると分かっていても、カリンとしては彼女が心配で不安になった。
次回はこの会話の続き+アジェリアン達のもとへ。




