41・憎まれ役
「座っていいかな」
にこにこと笑みを崩さないまま、エーリジャはこちらの隣に座ろうとする。
「構わないが、飲み過ぎてないだろうな」
「ないない、わーかってるよ、記憶が飛ぶような深酒はしない、約束したろ?」
ちょっとお人よし過ぎるが歳の分思慮深く行動できる彼をセイネリアとしては信用している。……が、酒が入りすぎた時のこの男だけは別だ、はっきり言って面倒だし扱いに困る。人間欠点というものはあるものだと彼でしみじみ思ったくらいだが、一応現状の口調からすれば今はまだ大丈夫と判断していいのだろう。
「で、わざわざ俺を探してくれた理由はなんだ」
座った彼を確認して聞けば、えー、と困った顔をしながら彼は笑った。
「ちょっと向うに顔出してくれないかなとか。んー……アジェリアンはがんばって普通にしてるんだけど、ヴィッチェがやっぱりアレでどうにも空気がね。君が嫌味の一つでも言えば威勢よく吐き出してちょっと空気も変わるんじゃないかなって思ったんだけどね」
最後の、ね、と合わせて首を傾げて見せるそのポーズは年齢的にちょっとアレであるが、まぁ彼がシラフでもそういう人間だという事は分かっている。
セイネリアは彼の顔をちらとだけ見ると、いかにも興味がなさそうな顔をして酒を一口飲んだ。
「ヴィッチェの宥め役はカリンがやってるだろ」
カリンはあれからヴィッチェの様子を見る事に使命感を感じているらしく、彼女にずっとついている。今回もそのまま彼女の傍にいろと言ってあるから、こうしてセイネリアは一人でいる訳だった。
「確かに彼女はよくやってるんだけど、その……女性同士はどうもね、片方につく感じになると険悪になるというか……」
セイネリアは酒に口を付けながら眉を寄せる。
女だらけの中で育ってきだけあって、すぐ事情は分かった。
「女神官が拗らせてるのか」
確かに、考えればこういう場合、一番目に見えて拗れるのは女同士の方だ。アジェリアンはヴィッチェを責める気などないから気まずい程度で済むだろうが、女同士はっきりと責めて空気が険悪になる。親友でライバルという立場なら尚更だ。
「うん……正確にはアジェリアンとより、フォロとすごーく気まずいんだよね、ヴィッチェ。それでカリンが板挟み状態でちょっと可哀想かなって」
ここでカリンの事を出すあたりがこの男の上手いと思うところではある。アジェリアンのメンバーだけの話ならセイネリアにはどうにかする義務はなくても、カリンの事なら動かざる得なくなるからだ。
「……分かった、行けばいいんだろ」
仕方なく立ち上がれば、エーリジャもにこりと笑ってさっと立ち上がる。
そのゲンキンな態度に少々苛立って、セイネリアは目は笑わず口元だけで彼に笑ってみせた。
「俺よりあんたがどうにかするという選択肢はないのか、年長者」
そう言ってやれば、歳の割りには無邪気な笑みを浮かべて赤毛の狩人は楽しそうに返してきた。
「うん、俺は頼れる優しいおじさんでいたいし、憎まれ役は君の特権だろ」
特権ときたか、とは呆れたが、まぁ人がいいだけの男ではないというのは分かっていたからそこはあえて反論しない。
ただ最後にもう一言くらいの嫌味は言ってやってもいいだろう。
「案外腹黒だな、あんたは」
「でなきゃ、この歳までこの仕事は出来ないよ」
それには思わず、違いない、と呟いて。
それから心の中で、他人事だと笑っていられると思うなよ、とも考えつつ。
セイネリアは面倒くさそうに宴会騒ぎの周囲を見回してから、アジェリアン達のもとへと向かった。
次はそのままヴィッチェのところへいったセイネリアの話。




