39・遊び試合4
「まぁこれじゃ仕方ないだろ。別に俺の試合放棄で負けでも引き分けでもいいが」
そこでセイネリアがそんな馬鹿な事をさらりと言ってきたから、エルはどうにか顔を上げて怒鳴った。
「ばっか、俺の負け以外ありえねーだろがっ」
あの化け物男はこんな遊び勝負の勝敗になどに拘っていない。かといって誰がどう見てもハンデ付で負けたようなこの状況で、名目だけの『勝ち』になんてされたら惨めすぎる。
大きく深呼吸をして、どうにか息を整えて、エルは長棒を立てるとそれを支えに起き上がろうとした。そうすれば途中からセイネリアが手を伸ばしてきたから、それを持てばひっぱられて一気に立ち上がる事になった。
「肩も貸してやろうか?」
「いらねーよっ」
小馬鹿にするよう笑って言ってくる男を睨み付けて、エルは自分の天幕に向けて歩きだす。本当はもうちょっと休憩してから歩きたかったが気合いで歩く。
「あ、あの、もう一勝負……は無理でしょうか?」
「あぁ、俺はもういい」
案の定セイネリアはもう興味は失せたとばかりに次の試合は断って、だが後ろについてくる気配を感じればエルだってイラっとするのは当然である。
「ついてくンなよ」
「同じところへ帰るんだから仕方ない。だからついでに肩を貸してやろうと言ったんだ」
「るせぇ、いらねぇよ。てかてめぇだと身長差的にきついんだよ」
言って振り向いたらちょっと足から気力が抜けてその場でよろけた。
セイネリアは楽しそうに笑いながらこちらを見ると、嫌味たっぷりで聞いてくる。
「ならおぶって運んでやろうか?」
完全に馬鹿にしている男の顔はやたら嫌味ったらしい笑顔だ。この男が明らかな笑顔という顔をしているだけでも不気味すぎるが、どうやらただの嫌味だけではなく機嫌自体もいいらしい。
「いらねぇよ。……あー……やっぱ肩だけ貸せ。こっち支えなくていいからな、肩に手ェ置かせてくれりゃそれでいい」
「好きにしろ」
それで彼の肩を掴んで体重を掛け、ちょっとほっとして歩きだす。肩の位置がこっちの頭の位置なところがやっぱデケェなこいつとムカつくとこだが、文句を口に出して言う程の元気はない。
「なかなかいい動きだったぞ。術がもってたらいい勝負になったろうな」
それでも歩きながら彼がそんな事を言って来れば、反射的に言い返したくはなる。
「るせぇ、まだ余裕あったろお前」
「まぁな、だが剣じゃないのもあってお前の動きは予想しきれないところも多かった。面白かったのに残念だ」
そこでエルはやっと彼が、今までの言葉がただの嫌味ではなく本気でもう少しあのまま続けたかったと惜しがっていたのだという事に気がついた。だから思わず、その顔を見てみたい衝動に駆られて彼の顔を見上げてしまった。
「お前くらいちゃんと考えて動ける奴で力が拮抗すると面白いな。最大強化でお前の方が力が上だった場合どうなるのか、それが試せないのは残念過ぎる」
多分これは、この男からすればとんでもなく褒めてくれているんだろう。そしてこの男本人とすれば、珍しく本気で残念がっているのだろう。あまり物事に執着しない男だからこんな惜しそうな顔をされると、なんだかこちらが悪い気さえしてしまうのだから困る。
「けっ、お前が極悪人のお尋ね者にでもなったら、最大強化に痛覚切って死ぬ気で倒しにいってやらぁ」
彼から顔を逸らして言ってやれば、化け物じみた強さの男は割とさらりと怖い事を言う。
「……成程、そういう手もあるか」
「いや、冗談だからな、冗談にしてくれ、てめぇを敵に回すなんざしたくねぇぞ、俺ァ」
それに笑って返す男にげんなりするものの――強い男が更に強くなっていけば、確かに戦いはつまらなくなっていくのかもな――なんて事も考えた。
次はとうとう帰還命令が出たってことで宴会へ。




