36・遊び試合1
調子よく一人勝ったら次と二人目を相手する事になったのはまだよかったものの……二人目の希望者の中にとんでもない人物がいたことで、エルの『ちょっとした気晴らしのつもり』はそれどころではなくなってしまった。
――おいおい、なんでだよ。
エルは頭を抱えた。なにせ人一倍目立つ長身に黒一色の男が、何食わぬ顔をして対戦希望者として手を挙げていたのだから。
ちなみにセイネリアはあの性格だから、この手の遊び試合には最初から完全無視で全く乗る様子はなかった。皆がぜひセイネリアの力を見たいと誘っても今までまったく興味を示さず完全に他人事と決め込んでいたのだ。
それがなんでまた今更……と思うのは仕方ない事で、そしてセイネリアがやるというなら皆が大喜びで彼に試合相手を譲るのも当然と言えば当然の事ではあった。
「どーゆーつもりだよ、こーゆーのに興味なかったんじゃねーのかよ」
歓声を受けて出てきた男をエルが睨んで言えば、彼は軽く体をほぐしながらさらりととんでもない事を言ってくれた。
「何、お前相手なら一度頼んでみたいことがあったからな」
「は? 頼みだって?」
「あぁ、二段階なんてケチ臭い事を言わず、最大強化で相手をしてくれないか?」
そういう事かよ……と思いつつ、思わず頭が痛くなってエルはまた頭を抱えるハメになった。
「あー……ンなのやれっかよ馬鹿。あのなぁ、最大強化はもう後がないって死ぬつもりの時の最後の手段として使うモンなんだよ、別名狂化っていわれるくらいでよ、それ以外で使う事は基本禁止されてる。なにせ強化を上げ過ぎると体がもたねぇ、人間の体の強度の限界超えるからな。こんな遊び試合で使える訳ねぇだろが」
言えばセイネリアは明らかにつまらなそうに、眉をまげて息をついた。
「つまらんな」
「あのなぁ、んじゃお前、俺にこんな遊びで死ねっていうのかよ」
まったくこの男は、と思いつつ睨むと、セイネリアは不機嫌そうにため息までついて返してくる。
「……分かった、なら何段階までなら使えるんだ」
「やっても三段階だな、相手の了承があれば特別に、ってとこで」
「神官なら四段階までは使えるんじゃないのか?」
「お前俺にこの後暫くぶったおれてろっていうのか」
言い合っていれば、さすがに進行役をしていた騎士団の男が話に入ってくる。
「えーと、そろそろ始めてほしいところなんですが……」
「あー悪ィ」
まだ憮然としている黒い男にいらっとしつつエルは騎士団の男に謝ると、問答無用でセイネリアから離れた。
「いいか、お前の了承済みって事で三段階で相手してやる、いいんだな」
「あぁ、それでいい」
その仕方ない感が出まくりの返事にさらにイラっとしながらも、エルは地面を軽く足で掘ると、そこに左足を置いて得物の長棒を構え、それから強化術を唱える。
「はじめっ」
声がかかると同時に飛び出し、距離を近づきすぎないところで足を急激に止めて棒で突く。彼に対してこちらの優位点と言えるのは武器による間合いの広さで、そこを最大限利用するのは当然の事だ。
それでも向うもそれを分かっているから無暗に突っ込んできてくれたりはしない。剣でこちらの得物を下に叩き落としてくれて、エルはくるりと棒を回して一歩下がった。
――いくら強化ありでも、こいつと接近戦なんて冗談じゃねぇ。
現状の強化状態なら、単純な力比べでもそう簡単に負けるとは思わない。だが彼はただの力自慢ではなく頭があるから、たとえ力は互角でも駆け引きで負ける可能性は高いだろう。
エルとしても三段階強化なんて試合としてはインチキに近い事までやっている手前、そうそう簡単に負けてやる訳にはいかなかった。
この章最後の戦闘シーン。
ここから数話はエルとセイネリアの戦いとなります。




