29・分からない
馬の足音が近づいてくる。
おそらく先頭集団は槍騎兵隊の連中だろう。とはいっても今は槍を手に持ってはおらず、手綱を持って馬を全力で走らせて近づいてくる。一刻も早く現場に着くのを優先させたのだろうが、それにしては少々遅いと言わざるえなかった。
「大丈夫か?」
先頭集団が着いて、ひとまず彼らは辺りに敵がいない事を確認すると馬を下りた。
「あぁ、だが怪我人が多い、見てやってくれ」
「敵は?」
「多分、皆森へ逃げた」
それでも彼らは警戒を怠らない、次に来る者達のためにも森の周辺を警戒して安全の確認を優先する。その様子は流石に騎士団で一番の精鋭部隊と言ったところだろう。
空ではたまに、またオレンジ色の光が上げられて辺りを照らしている。だがそろそろそれは必要がなさそうで、今度はランプを持った集団がこの場に着いた。
「怪我人がいるっ、リパ神官を早くっ」
「魔法使いは来たか? 森を調べてくれっ」
「ランプ台をこっちにもってこいっ、暗くて治療が出来ないっ」
兵達の声が飛び交う中、セイネリアの元に騎士団兵ではない影が近づいてくる。
彼らの表情が一人は泣きそうで、一人は怒っているように見えた事で、セイネリアは軽く肩を竦めた。
「ご無事ですか?」
カリンは顔が見えた途端駆け寄ってきた。
「っったーーく、やっぱ無茶したみたいじゃねぇか」
エルは走ってこそこなかったものの、大股で地面を踏みしめてやってくる。
「無茶はするといったぞ、無謀はしないといっただけだ」
「るっせ、待ってなかった段階でもうお前のそういう台詞は信用しねー」
「それは仕方ない、なにせアジェリアンが……」
言いかけたところで、女神官の声が聞こえた。
「酷いっ、アジェリアン、アジェリアンっ」
三人はすぐにその声の方に向かった。
ヴィッチェは訳が分からなかった。
エーリジャに止められた後、急いで皆の元へ戻ってみれば怒られて、それだけなら分かったがフォロに泣きつかれた。彼女の言葉を聞けば、追いかけていった連中は待ち伏せを受ける可能性が高いらしく、しかも自分がそちらへ行ったと思ってアジェリアンが向かって行ってしまったという。
騎士団側は急いでいるが部隊の再編成をしている最中で、最初に向かう騎兵部隊には傭兵達がついて行くことは出来ない。
それでもカリンやエルの報告があって優先的にこちらのパーティーメンバーは救援部隊に組み込んで貰える事になったが……現地に着けば敵はこちらの部隊を見て逃げた後だったものの、見つけたアジェリアンは真っ青な顔で倒れたまま意識がなかった。
「落ち着いて、息はある、早く治癒を」
「はい……はい、分かっています」
デルガがマントを外して地面に敷き、ネイサ―とラッサがそこへ慎重にアジェリアンの体を寝かせると、泣きながらフォロが治癒を始める。それを手伝って別の隊のリパ神官も術を唱え、クトゥローフはアジェリアンに声を掛けながら体に触れて容態を見ていた。
だがヴィッチェは一人、何も出来ずただそれを見ている事しか出来なかった。
「どうしたんだ?」
そこへセイネリア達がやってきた。黒づくめの男はアジェリアンの傍にくると、思い切り顔を顰めて周りにいた他の兵に聞いた。
「どういう事だ。最後に見た時、奴は普通に戦っていたぞ」
「いや……その、そうなんだが、あんたの戦いを見てる時にいきなり倒れて……」
「矢でも受けたのか?」
「いやそれはない、だが原因は分からない、ただ本当に突然倒れたんだ」
ヴィッチェも訳が分からなかった。何が起こったのか、起こっているのか分からなかった。ただアジェリアンは重症で、それが自分の所為だろうという事だけは分かった。
「セイネリア、もしかしてアジェリアンはその前に既に大怪我をしてたって事はないか?」
エルがセイネリアに話しかける。同じくアッテラ神官のクトゥローフが何か思いついたのか急に顔を顰めた。
勿体ぶる程のところではないのですが、とりあえず続きは翌日だからいいかなと。
そんな訳で次回はアジェリアンの倒れた理由。




