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黒の主  作者: 沙々音 凛
第七章:冒険者の章五
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26・黒の一番

「歩けるか? 向うと合流するぞ」

「あぁ問題ない、急ごう」


 ここで返してきた声は力強く、立ち上がった彼を見て問題ないと判断し、共に味方に向かって走り出す。その間も矢は飛んできたがエーリジャのような名手がいる訳でもなく、盾で防ぎながらもどうにか当たらずその場を離れる。味方の位置が近かった事もあって向こうもこちらに気づいてくれて、合流事自体は案外すんなり出来たものの――問題はその後だった。


 ほっと、安堵の息など吐いている暇はない。


 合流しても味方は森側の敵と交戦中で、それのフォローに回らなくてはならない、休んでいる暇などある訳がなかった。

 ざっと周りの敵を見渡してみれば、どうやら森の反対側で退路を塞いでいるのが黒い布の連中で、そいつらはあくまでこちらを逃げられないように囲っているだけでその位置から動く気配はない。弓もこちらが合流してからは撃ってこないところを見ると、向こう側に逃げない限りは攻撃する気はなさそうに思えた。だから主に戦っているのはその他の色布の戦場から逃げた森側にいる連中だった。おそらく、手柄は戦場に立った者優先とか、そういう取り決めでもあるのだろう。


「ヴィッチェ、ヴィッチェはいるか?」


 アジェリアンもセイネリアも合流後すぐ戦闘に参加したが、アジェリアンのその声にセイネリアは味方連中を見渡した。ぱっと見、あの女剣士はいない。だが自分よりは確実に慎重だろう上級冒険者の彼がどうしてこんな無謀なマネをしたのか、その理由はそれだけで理解出来た。

 とはいえ今は、彼女の心配などする暇はない。

 どうにか持ちこたえているとはいえ、優勢から一気に窮地に立たされた味方連中の士気は低い。それでも一気に崩れていないのは、かろうじて傭兵連中が前に出て抑えているからだろう。

 そこでやっと呼んでいた槍が手に現れ、セイネリアは怒鳴るように声を上げた。


「防御系の術が使える奴が優先で前に出ろ、攻撃より抑えられればそれでいい。味方には伝えてある、持ちこたえれば助けはくるぞっ」


 言うと同時に敵が特に密集していた場所につっこみ、大きな斧刃がついた槍で敵の塊を一薙ぎぎする。それだけで3、4人が倒れた光景に、声を出す事さえできないでいた味方から歓声があがった。

 ずっとこちらを押していた敵が掛かってくるのを躊躇する。

 セイネリアが前に出れば敵が下がる。

 その所為で一旦戦闘が止まり、陣形的には丸くまとまったこちらの周りをただ敵が囲む膠着状態になった。

 体勢的は不利ではあるが、状況はこちらにとって都合がいい。要はどうであれ時間が稼げればいいのだ。

 だがそこで、唐突に周りを囲む蛮族達が揃って声を上げ始めた。

 更に彼らはある者は足踏みをはじめ、ある者は武器を地面に叩きつけ、手を叩き、不気味なリズムを取り出すと一斉に歌いだした。


 蛮族の言葉など分からない、だが歌声はこちらを取り囲んで追い詰める。

 夕暮れ時の不気味な程に赤い空に、蛮族達の呪いのような歌が響いていく。


 折角気力を取り戻していた味方連中は恐怖にまた声がなくなり、自然と彼らは下がって身を屈める。だからセイネリア一人が敵と味方の間に立つ事になったが、セイネリアは槍を持ったままその場を動かなかった。

 やがて、蛮族達の中から、一人が前に歩いてくる。

 黒い布を腕に巻いた大柄な男は、セイネリアの顔をじっと見据えると落ち着いた足取りでやってくる。彼の姿を見て周囲の歌が止み、今度は別の声が上がった。


 クロッセス、クロッセス、ナク・クロッセス――と。


 蛮族の言葉などセイネリアは分からない。だが、その言葉の意味は知っていた。大声で笑い出したくなる衝動を抑えて、セイネリアは犬歯を剥いてその顔に凄惨な笑み浮かべ、近づいてくる男を見た。


――よっぽど俺はあんたと縁があるらしい、なぁ、ナスロウのジジイ。


 クロッセスは黒に属する、あるいは黒い者という意味があって、ナクは一番目の事だと聞いた。つまり彼らはエンシャルの民、そして腕に巻いた布の色の通り、この男は黒の部族――ナスロウ卿の出身部族の者という事だろう。


 前に出て来た男はセイネリアから5,6歩の場所で足を止めると、手にもった剣を大きく掲げた。

 蛮族達の歓声が更に大きくなる。

 男の背はセイネリアより僅かに低く、ただ体の厚みはこちらより上と思えた。肩からむき出しの右腕は肘から下に黒い布が巻かれていて、それは手首を越して手の甲まである。その見事な筋肉のついた腕で剣を掲げ、男は歓声に応えるように大きく吼えた。


――あぁ分かってるさ、これを使うのは卑怯だろうな。


 男が剣を下すの見て、セイネリアは持っていた槍を投げ捨てた。そうして、腰の剣を抜く。

 それを見た蛮族達がまた歓声を上げる。中には明らかに称賛を込めて拍手をする者さえいた。


 ナク・クロッセス――おそらくは黒の部族で一番だからそう呼ばれているだろう男は、確実にここにいる者の中で最強の戦士なのだろう。ならば魔槍なんてインチキな武器で相手をするなんて勿体ない。武器の差で勝っても面白くない。

 それに……堂々の一騎討ちなら時間が稼げる、槍であっさり勝負をつけるなんてそれこそ勿体ないとしかいえないだろう。


 今一番セイネリアがすべきことは時間を稼ぐ事、その為に負けない事。勝つ気はあるがそれはあくまで結果のおまけで勝つ事に拘る意味はない。……ただ、折角の真っ向勝負なら出来れば楽しみたいとは願っているが。


 クロッセス、クロッセス、ナク・クロッセス――何度も連呼されるその名を聞いて、セイネリアの口元が大きく歪む。どうやら同じ名で呼ばれる者を二人も殺す事になりそうだと思いながら。


やっぱり一騎討ちは燃えるよね、って事で次は向う側の最強さんとの戦いです。


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― 新着の感想 ―
[一言] この話のセイネリアが怒鳴るところなど勢いをつけるためにビックリマークを使った方が臨場感が出るのではと、思います。
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