17・偵察2
ここはまだ砦からそこまで離れていない。今回の偵察は遠出をせずに周辺の森を回る程度だから、ここで足止めをしているとなれば連中はこの先、かなり近くまで来て集まっている可能性は高いだろう。
セイネリアは周囲を見回す、それから。
「エーリジャ」
「何かな?」
呼ばれて前に出て来た赤毛の弓手に、セイネリアは言う。
「塞がれてるところを見に行ってくれ。あんたならそれで奴らがどちら方面から来て戻っていったか分かるだろ?」
狩人である彼なら、残された地面を踏みしめた跡や木や草の乱れ具合でその辺りの憶測をつける事が出来るだろう。言われたエーリジャは、了解、と言って背伸びをすると前に行こうとする。だがその前にセイネリアはまた口を開いた。
「それからカリン」
言われてすぐ、今度は真後ろにいたカリンが返事をすると少し横にずれて前に出る。
「エーリジャが予想した方面を調べてこい。無理はしなくていい、この森周辺で見当たらなければいない事をそのまま報告すればいい」
「分かりました」
そうして最後に、こちらのやりとりをあっけにとられたように見ていたアジェリアンに、セイネリアは向き直った。
「という事でアジェリアン、カリンが単独で偵察に行く許可を上の連中に取り付けてきてくれないか? もし何か言って来たら俺の名と、カリンが元『ボーセリングの犬』だったと言えばいい」
『ボーセリングの犬』という言葉にアジェリアンの表情が変わる。彼の仲間たちでそれに反応したのは半分といったところだが、上級冒険者までいった男ならその名を聞いた事がない筈はないだろう。
「……分かった。まったく……いや、いいさ」
苦笑してアジェリアンが歩きだすと、それを追うようにカリンとエーリジャがついて行く。
「……チェ、俺には仕事はねぇのかよ」
そう言って少し不貞腐れた声を出してエルが出て来たから、セイネリアはそこで薄く笑った。
「エル」
「ほいほいっ」
嬉しそうに返事を返した男に、セイネリアは笑って言う。
「言い忘れてたが、カリンに1段階で強化を掛けてやってくれ。その術が効いている間に何も見つからなければ帰ってこい、とあいつに言っておくのも頼む」
「おうよ、了解っ」
にっと歯を見せて笑った男は、そこから手に持っていた彼の長棒を肩に担ぐと、大急ぎでアジェリアン達を追って走って行った。
この偵察隊の案内役となっている砦兵は、朝ナスロウ卿の話を聞いていた騎士達の中で見た顔だった。ならばセイネリアの名と『ボーセリンクの犬』の名を出せばまず了承するに違いない。
「ちょっと……いくら信頼してるからって、酷くない? 彼女一人で行かせるの?」
険悪な顔で女剣士のヴィッチェがそう言ってセイネリアに近づいてきた。
セイネリアはアジェリアン達の行った方向を見たまま、彼女の顔を見ずに答えた。
「偵察だけなら、他の人間がついて行った方が足手まといだ。どんな時でも自分だけで対処出来ない状況になったらすぐ助けを呼ぶようにはいってある。それに……女一人なら、連中は見つけても即殺しはしない」
「何それ、あんたソレどういう事か分かって言ってるの?」
言いながら、ヴィッチェがセイネリアのマントを掴んで引っ張る。セイネリアもそれには仕方なく顔を向けた。
「分かってるさ。即殺されないなら時間が稼げる。その時間で助けられるだろ」
「命が助かっても……もし、何か、あったら……とか考えないの?」
「あいつには生き残る事をまず考えろと言ってある。仕事の成功失敗より、手遅れになる前にこちらに言えとも言ってある。助けが間に合わない状況で助けを呼ぶ程間抜けじゃない」
あくまで淡々とそう告げるセイネリアに、ヴィッチェの手がマントから離れた。
黙ってうつむくヴィッチェのもとにリパ神官であるフォロが近づいてきて、彼女をなだめて下がるように言う。
ただ、女神官は下がる前に何か言いたそうな顔でセイネリアの顔を見た。
「あんたも、何か言いたい事があるのか?」
神官らしくヴィッチェと違い柔らかい風貌の女は、それには首を振った。
「いえ、ただ……本当に信頼、されているのですね、と」
「当然だ。あいつは俺の部下だからな」
女神官はアジェリアン達が行った前の方角を見つめて寂しそうに笑うと、ヴィッチェを連れて後ろに下がった。
次は砦に帰ってからの総力戦前のお話。
カリン視点で偵察シーンも入れようかと考えたのですが……また長くなりすぎるからやめときました。




