13・女騎士の話2
「とりあえず私はあと2年。それだけ我慢したら晴れて冒険者に戻って騎士様として稼ぐつもり。騎士の称号持ちなら少なくとも女だからって馬鹿にはされないし」
そこでやっと含みのない柔らかい笑みを浮かべた彼女を見て、セイネリアは皮肉気に口元を歪めた。
騎士試験の項目の一つに、財産も地位も示せない者は一定期間騎士団に所属しなくてはならいというものがある。そんな条件がなければ、これだけ上層部と隊長たちを嫌っているのに下っ端連中が辞めない訳はないだろう。少なくともその条件の為に騎士団にいる連中は、多かれ少なかれ彼女と同じような考え方をしているとみてよさそうだ。
仕方なく騎士団に入って、お勤め期間が無事過ぎるのを待つだけ……それじゃ兵の方もロクでもない者ばかりなのは仕方ない。
「ねぇ、貴方は騎士にはならないの? 実力的には十分でしょ。まぁ例によって試験の許可証がないんでしょうけど、なんなら出してくれそうな人を紹介してもいいわよ?」
甘えるように寄りかかりながら、見上げてくる女の目には打算が見えた。こちらに恩を売って置けばのちのち見返りが期待出来ると見込んでの事だろう。へたに純粋な好意でいわれるよりそういうつもりの方が乗る気になれるが、この件に関してはセイネリアにはそもそもその必要がなかった。
「いや許可証は持ってる、ナスロウ卿の従者をしてたんでな」
「ナスロウ卿……」
女の表情が変わった。それは驚きと、少しの羨望と、それから少しの怒りだった。
「知ってるか?」
「見た事はないけど、その名を知らない奴は騎士団にはいないわよ。……そう、ならただの無名冒険者の癖にその化け物ぶりも納得ね。あの人が認めたんならね」
「あのジジイはどう思われてるんだ?」
明らかに苛立った様子の女は、それで少し顔を残念そうに歪ませた。
「騎士団の英雄よ。上層部はともかく、団員で悪く思ってる者はいないわ。……特に、今の騎士団の腐敗ぶりをどうにかしなきゃって思ってる連中からはまるで神様みたく崇められてるわよ」
あの騎士ザラッツのようにか――とは聞き返さなかったが、彼のような人間がまだ騎士団にはいるのだろう。ただそれは想定内で、セイネリアが聞きたいのとは少し違った。
「お前のような一般団員からはどうなんだ?」
彼女は困惑する。その表情からはナスロウ卿に対する尊敬の念、というものは読み取れなかった。
「それは……悪くは言わないけど、別にね。貴族でも立派な騎士はいる、という例としては上げられるけど……正直、その人が今もいたからって騎士団の体勢が変わる事もないでしょうし、そういうのが自分の隊長だったらなんかやる気があり過ぎて余計な仕事や危険がありそうで困るしね。まぁ過去の人よね、私は今の隊で運が良かった方かしらね」
彼女のその言葉でセイネリアもほぼ現状の騎士団というのが把握出来た。
一言で言えば、上層部も腐っているが下っ端の団員も腐っている。上層部や役職持ちの連中は楽して地位の安泰だけを考え、そんな上にうんざりしつつ下もやる気がない。あのジジイが引退したくなるのも仕方ない話だろう。
ただし、騎士団員と言っても、勿論全員をそれで括るつもりはない。
彼女の話にあったナスロウ卿の信者連中も恐らくそうだろうが、このバージステ砦の兵に関しても、少なくとも『腐って』いるようには見えなかった。まだあまり実践での動きを見れてはいないが、動きの良さは並ぶの一つとっても首都から来た連中とは段違いで『にわか』でなくきちんと規律が取れていた。
騎士団の下っ端といっても全員が騎士資格の為嫌々いる連中という訳ではなく、自分で志願して入った者も当然いる。特に槍騎兵隊は平民騎士の希望者が多いそうだから、その中でも一番の精鋭揃いと言われるバージステ砦なら、嫌々騎士団にいる人間より志願して来た連中が多いのだろう。
彼らなら、職業軍人らしい動きを見せてくれるだろうとセイネリアは期待していた。
――そうでないと、ここに来たも意味がない。
「いろいろ聞けて良かった、礼を言っておく、エレステア」
彼女から聞けるのはこの辺りだろうとセイネリアが礼を言えば、彼女はそれに嬉しそうににこりと笑った。
「そう、ならお礼は私に何かあったら助けてくれる事で手を打っておいてあげるわ」
「あぁ、覚えておく」
言って彼女の髪を撫ぜれば、女は体を擦りよせてきて肩に手を回すと顔を近づけてきた。
結局騎士団の説明みたいな話で長くなりすぎました。




