33・ミス
寝てしまったエーリジャをベッドに運んでから、セイネリアは庭に出た。どうせグローディ卿との約束では明日までここに居ていい事になっているし、朝の鍛錬をさぼった分少し腹ごなしに剣でも振るかと思ったのだが――少々面倒なことに、剣を振るのに丁度良い場所までは館からそこそこ歩かなくてはならなかった。それでも今朝のセイネリアは気分が良かったから、珍しく庭の植木や薔薇園などを眺めながらのんびり散歩のように歩いた。後ろからはカリンがついてきていたが、彼女はセイネリアが無言のせいか話しかけてくる事はなかった。
グローディ卿の首都の館は、人を呼んでパーティを開けるように庭の手入れも行届いている。実はセイネリアはシェリザ卿がこの屋敷を手に入れた時にも来た事はあるのだが、その時より庭にはかなり手を入れているようで、植木や花類が増えているのは見てすぐ分かった。だから訓練につかえるような何もない場所ば少なくなったというのもあって、カリンを連れて来た当日はそれで庭を歩きまわるハメになったのだ。
「あの……少々良いでしょうか?」
屋敷から植木達に隠れて見えなくなるあたりまで歩いて、唐突にカリンが掛けてきた声にセイネリアは足を止めた。
振り向けば下を向いてうつむいたままの彼女は、そのまま深く頭を下げた。
「今回は……すみませんでした」
セイネリアは軽くため息をついた。
「何故お前が謝る必要がある」
「それはっ……その、私が余計な事をワネル卿に言った所為でディンゼロ卿が……」
「つまりお前は、それがミスだったと思う訳だな」
「はい、私の考えが浅はかでした」
頭を下げたまま動かないカリンに、セイネリアは再びため息をついてみせると彼女に顔を上げるように言った。彼女は顔をあげると同時にセイネリアの目をじっと見て背筋を伸ばす。
セイネリアはそのカリンに軽く笑ってみせた。
「お前がディンゼロ卿の名を出したのは、こちらの陣営で一番上にいる者の手柄にしておくのが一番いいと思ったからだろ。それと俺がディンゼロ卿との繋がりを作っておきたかったと考えていたのを考慮した結果だ、違うか?」
「はい……そうです」
セイネリアの言葉にカリンは少し泣きそうに瞳を潤ませて、それでも泣かずに背筋を伸ばして答えた。いくら共に行動するようになって慣れたとはいえ、自分の目をこれだけちゃんと見返してくる彼女を部下にした事は正解だったとセイネリアは改めて思う。
「なら考え方は間違っていない。あのジジイが思った以上に臆病だっただけだ。……だから今回の件に関してはお前は謝る必要はない……だが、ミスをしたと思うなら、次に同じ状況になった場合どうするべきか考えて次はミスにしないようにしろ」
「はいっ」
セイネリアは必要以上に緊張して背筋を伸ばしている彼女に笑いかけて、伸ばした手を彼女の頭に置く。そうすればやっとカリンの表情から力が抜けた。
「お前に自分で考えて行動しろと言ったのは俺だからな、お前の考え方が間違っていない上での行動ならミスでもミスのままにはさせない、だから判断と行動を躊躇するな」
「……はい」
カリンは言い切ると口を真一文字に結ぶ。
セイネリアはカリンの頭から離した手で彼女の肩を叩くと、背を向けて歩き出した。すぐに彼女がついてくるのを気配で感じる。
「ありがとうございます」
背に小さく掛けられた声に、セイネリアは喉を鳴らして笑いながら言った。
「ただし、ミスをしたと分かったら隠そうとせずにすぐ俺に言え、出来るだけはどうにかしてやるがそういうのは時間勝負だからな」
「はいっ」
今度は力の入った声が返ってきて、セイネリアは口角を満足げに上げた。
だが、そうしてそのまま歩いて目的の場所へ近づいて……セイネリアの足が一度止まる。そうして、いくつもりだった場所にいる一人の騎士の影を見つめた。
「あの……?」
不審に思ったカリンが少し前に出てくる。それで彼女も理解して口を閉じた。セイネリアは再び彼女の頭に手を置くと、いくぞ、と声を掛けて歩きだした。
ここがグローディ卿の屋敷ということで、最後の騎士が誰かは分かりますね。




