20・暗殺者
周囲を明るく照らしていた大ランプ台の明かりが消える。
建物周辺を照らす小さなランプ台は生きていたが、急に太陽が消えたかのような闇に人々の悲鳴が上がる。
その途端、カリンは走った。
セイネリアが失敗したとは考えない。彼はちゃんとこの状況を予測して対処方法も考えていた。今のカリンは自分の出来る事……彼から与えられた命令を実行する事だけを考えればいい。
急な暗闇に騒ぐ人々を避けて、カリンはナイフを両手に構えると一気にワネル卿とその娘の近くにまで入り込む。
同時に、同じ勢いでそちらに向かう影がいた。
カリンのナイフは間一髪でその影が伸ばした武器を弾いた。
キン、と高い金属音が鳴る。
チ、と相手が舌打ちをする。
カリンは勢いのままその影と今回の主役であるナーディラの間に入ると身を屈め、地面に片手をついて後ろ脚で影を蹴り上げた。
だが当たらない。ドレスのせいで遅れたか。
影は後ろに飛びのいて、今度はこちらの左から回り込もうと横へ走る。
カリンは体勢を整えてナイフを構えた。
だが、そこで唐突に暗闇は終わる。
ひゅうっと風笛でも鳴ったような音がすれば、直後に辺りはオレンジ色の光につつまれ、人々の安堵を含んだ歓声が上がる。
それから少し遅れて今度は青い光。
更には、赤い光。
辺りを次々照らしていく様々な色の明かりに、人々の歓声が大きくなっていく。
「君は……」
声を掛けられてカリンは振り向いた。困惑した顔でいるワネル卿にカリンはにこりと笑顔を浮かべて、それから少し恥ずかしそうに今ので乱れてしまった髪を手で撫でつけるとドレスの裾を持ち上げてお辞儀をした。
「申し訳ございません、暗くなって怖くて少し取り乱してしまって、気づいたらここに……」
最初の明かりが照らされた時点で、女暗殺者と思われる人物は即座に走り去っていた。カリンは追う気はなかった。今のカリンの仕事は敵を倒す事ではなく対象を守る事であるから。
「成程、もう大丈夫ですかな」
カリンを見てワネル卿がその皺の刻まれた顔に優しい笑みを浮かべる。
「はい、失礼いたします」
カリンはもう一度頭を下げて、そこから離れようとした……が。
「あぁ君……そのまえにちょっといいかな」
ワネル卿に手招きをされて、カリンはこのパーティの主催者である老貴族の傍に近づいていった。彼はカリンが近づくと優しい笑みのまま小声で言った。
『孫を助けてくれてありがとう。君は何処の者かな?』
周囲の人々は空に上がる色とりどりの光に歓声を上げている。誰も今の老人の言葉に気づいてなどいない。
カリンは顔を強張らせた。けれどもすぐ笑みを浮かべると小声で返した。
『ディンゼロ卿の依頼です』
言って、失礼しますと再び告げて一歩下がれば、今度は呼び止められる事はなかった。
夏休みなので臨時更新です。カリン、がんばってます。
明かりの正体は次回。




