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黒の主  作者: 沙々音 凛
第一章:始まりの街と森の章
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18・さて、どうしようか

 それが予想内の言葉だったセイネリアは、聞いても表情を変えなかった。リレッタとしては反応の薄いセイネリアに不安を隠しきれないものの、懸命に自分を落ち着かせようとしているようだった。


「ふん……首都に何しに行くんだ」

「それは当然、私も冒険者になりたいのよ」

「お前が?」

「そうよ、これでも私だって子供の頃からこの森を歩き回ってるし、ちゃんと自分の食べる分くらいの獲物はとってこれるわよ」


 セイネリアは口元だけに笑みを浮かべる。それはハッキリと嘲笑ととれる笑みで、リレッタの神経を逆撫でる。怒りに怒鳴り返しはしなくても表情には出ていた為、セイネリアは彼女を見て更に笑う。


「じゃぁ質問を変えるが、冒険者になるお前の目的はなんだ?」


 予想していなかった事を聞かれた彼女は困惑する。


「え? ……そ、そんなの、皆同じじゃない。冒険者になってお金稼いで上級冒険者になって……」


 セイネリアは耐えきれず、再び声に出して笑った。


「違うだろ、お前の場合、ここを出ていくのが目的なんだ、冒険者になりたいっていうのはただの口実で、冒険者になればここを出ていってもどうにかなる程度にしか考えてないだろ」


 それは図星らしく、彼女の表情から冷静さがぬけ落ちる。声も女性特有のヒステリックな響きを帯びて、セイネリアに怒鳴る寸前の状態で言ってくる。


「そ、そんなの。冒険者になる連中なんて大体皆そんなモノじゃない!」


 彼女の声の興奮とは逆に、セイネリアは冷静に返した。


「そうして、大抵の奴は冒険者になってすぐ故郷に逃げ帰る訳だ」

「私は帰らないわよ」


 即答で彼女が答えると、セイネリアはまた軽く鼻で笑った。


「そうだな、そもそもここを出るのが目的だから帰れないか?」


 このままではいつまで経っても茶化されるだけでまじめに取り合ってくれないと思った彼女は、胸に手を当てて一度大きく息を吐き出すと、じっとセイネリアの顔を見つめた。


「……私がいるから、父さんはこんなところに引き篭もってるのよ」

「まぁそうだな」


 それでもセイネリアの態度は何処かふざけていて、話をまじめに聞いていないようにリレッタには見えた。


「だから、私って足手纏いがいなければ、父さんは誰よりも強い冒険者に戻れる……」


 セイネリアは彼女の言葉を最後まで聞く前に吹き出した。そのまま、また声を震わせて笑う。


「何がおかしいのよっ」


 真剣に話した自分の真の事情を笑われては、ただでさえ短気な彼女に怒らない事は不可能だった。

 セイネリアは笑いながら軽く口元を押さえて、彼女の顔さえ見ないで返した。


「で、父親の足手纏いから今度は俺の足手纏いになる訳か。やめといた方がいいな、身内のアガネルと違って俺は足手纏いはあっさり切り捨てるぞ」


 頭に血が上ったリレッタは、その勢いのままセイネリアを怒鳴りつけた。


「足手纏いにならなきゃいいんでしょ! いいわよ、邪魔なら切り捨ててくれたって」

「ふん、覚悟は出来てるって訳か」

「そうよ、覚悟できてなきゃ、女がこんな事する訳ないでしょ!」


 それでセイネリアの笑みは消える。

 今度はじっと値踏みするようにリレッタを眺めて、それから興味をなくしたように視線を外して言った。


「お前の言い分はわかった。だが、ま、今日は帰れよ」


 リレッタにはセイネリアの意図が分からない。


「どういうこと? だめだって事なの? あんたここまでした私に恥を書かせる気?」


 不安が声に出てしまったリレッタに、だがセイネリアは事務的な説明口調で告げる。


「まだ連れて行くとは決められない。だから約束の出来ないものに先払いもいらない。……そもそも生娘は面倒なんだ、実際の価値以上で自分を売りつけてくるからな」

「私にそんな価値はないっていうの?」

「さぁな。現状ではないがこれから価値があがるかもしれない……って気もしたから断言はしないどくさ」


 リレッタの声が怒りに震える。


「ずいぶんハッキリいうじゃない」


 けれどセイネリアには、彼女の機嫌をとってやるつもりは欠片もなかった。


「味気ない生娘なんか欲しがる程、不自由はしてないからな」


 アガネルにさえ言ってないのだから、リレッタがセイネリアの生まれなど知る筈もない。彼女が大切にして価値があると思っているものが実際はどれだけ安っぽく扱われているのか、彼女に教えてやりたいものだとセイネリアは思う。


「……あんた最低」


 リレッタは嫌悪の瞳でセイネリアを睨む。その乳臭い反応には哀れみさえ感じるくらいだった。


「なら俺に頼むな。街で適当な男を引っ掛けて同じように頼めばいい。俺と違って不自由してる連中なら頼みを聞いてくれるんじゃないか? ちゃんと選ばないと、騙されてどこかに売り飛ばされるかもしれないが」


 笑いながらそう彼女に告げれば、先ほどよりも更に神経に障る高い声で彼女は怒鳴る。


「ほんっとに最低っ」


 そうして彼女はセイネリアに背を向ける。

 だが、怒りのまま大股で部屋を出ていこうとした彼女は、扉を開いて部屋をでる直前に足を止める。そしてその場に立ち止まったまま、顔を向けないで口だけを開いた。


「……あんたの事は好きじゃない、話してると頭にくる……でも、嫌いじゃぁないわ。少なくとも強いもの。父さんと違って諦めたりもしてないしね」


 言い切ると彼女は今度こそ部屋を出ていく。

 閉ざされた扉を確認すると、セイネリアはそのままベッドに倒れ込んだ。


――さて、どうしようか?


 正直なところ、彼女を連れていくのはデメリットばかりでこちらに何の得もない。

 アガネルの娘でなければ連れていくだけして使えなかったら切り捨ててしまえばいいのだが、リレッタでそれをやったら確実にアガネルに死ぬまで追いかけられる。セイネリアとしては現状ではあの男を敵に回してもいいと思う程彼女に興味がある訳でもない。


 だが、はっきりと断らなかったのは、多少はおもしろいと思うものが彼女にあったからでもある。

 セイネリアを睨み返す事が出来るくらいの女なら、将来的に使い物になるかもしれない。それなら連れていってみる価値もある。

 ……ただ、あまり期待をするつもりもなかった。

 それでも様子を見る程度の時間はある。アガネルが言っていた商隊がくるにはもう少し日があるらしいし、彼女の気も変わるかもしれない。

 ……その前に、アガネルにそれを言ったらどんな反応をするのか、それを考えると言ってしまいたくなるなとセイネリアは思ったが。



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