13・田舎貴族の娘2
今日のカリンはエーレン・スハ・ラッセル・ローグル嬢。グローディ卿の親戚の娘でグローディ領から出た事がない田舎暮らし、という設定だった。だから引っ込み思案でも不思議ではないし、基本はこの空気に慣れず戸惑っている感じで、ヘタに声を掛けられても『自分は田舎者なので良く分からない』『なので遠慮しておきます』で通せばいい事になっていた。化粧もあれからいろいろあって、そばかすをつけたり目元をぼかしたりとかなり地味な顔に見えるようにはしてある筈だった。
それでも、こうして目新しい顔にはとりあえず声を掛けてくるような面倒……いや、自称『親切』な男というのはいるものだ。
「大丈夫ですか? 何か飲み物をお持ちしましょうか? それとも向こうの方へ行けば人の熱気も避けられますし涼しい風にも当たれると思いますのでお連れしましょうか?」
飲み物はまだしも人気のない庭の隅へついていくなど下心が見えすぎてカリンは笑みを引きつらせる。なにせセイネリアの言うところによれば、この手のパーティで若い男女が会場から消えて休憩の小部屋に行くとか庭の人気のないところまで行こうというのは”そういう事”をしに行く事だそうだから。
「いえ、お気持ちは有り難いのですがここで十分です。どうぞ私などに構わずパーティを楽しんでくださいませ」
だが空気の読めない貴族男は立ち去らない。それどころか大仰に手を広げてから胸を抑えると、意味不明によろめいてみせた。
「おぉ、なんと奥ゆかしい方だ。最近の女性は少々主張の強い方ばかりで、正直貴女のような方はとても新鮮で魅力的です」
そこで手を取られてその甲にキスされるに至って、カリンの顔は益々引きつる。内心では蹴とばしてやりたいくらい気色悪かったが、今はあくまで貴族令嬢のふりを続けなくてはならなくて弱弱しく丁寧にお断りをするしかない。
「私など、ただの世間知らずの田舎娘なだけですから。やはりこのような華やかな席では気が引けてしまうだけです」
言いながらやんわり手を引こうとしても、男は手を離さない。
あぁ本当に蹴り飛ばしてやりたい――そう思ったがカリンは我慢して、力を入れ過ぎないくらいに手を引っ張る。だが逆に、相手は離すどころかその手に再びキスをして頬ずりまでしてきた。
「ならばやはり、もっと静かなところでゆっくり語り合おうではないですか」
更にはそう言って掴んだ手を引かれるに至って、カリンは助けを求めるように主を見た。だがそこで丁度宵の刻を知らせるリパ大神殿の鐘が鳴る。そうすれば後ろで立っていたセイネリアがすっとカリンの前に出て貴族男の腕を掴んだ。
「お嬢様はこれから叔父上であらせられるグローディ卿とお約束があります。どうかお手を離してくださいませ」
ちなみに言っておくと、セイネリアは護衛役という事でグローディ卿の部下の一人から甲冑を借り、兜までつけているから今日はその顔を隠している。だからあの見ただけで相手を圧倒する琥珀の瞳は見えない筈だが、その貴族男を見下ろす長身と声の圧、そうして纏う雰囲気の不穏さで、軟弱な青年貴族は文句を言おうと空けた口から暫く声を出すことも出来なかった。
「……わ、分かった、それでは仕方ない……な」
男がカリンの手から手を離せば、セイネリアもその手を離す。
笑みを引きつらせてそそくさと去っていく男に、セイネリアは優雅に礼をして見せた。
『時間だ』
そうして小さく囁かれた声と共に、彼の手がカリンの手を取って軽く引いてくれる。カリンは満面の笑みを浮かべると、やはり小声で今は自分の護衛役をしている主に、はい、と返した。
次回はディンゼロ卿との打ち合わせ。




