8・情報屋の娼館1
「子供は?」
真っ先にそれを聞いてきた赤毛の男の人のよさに笑いながら、セイネリアは肩を竦めて言ってやる。
「無事逃げたぞ。奴の落とした剣と他の何か、ついでに傍にあった矢も拾ってな」
「そうか、ははっ、なかなかたくましいな」
嬉しそうに笑う男には呆れるもののやはり見ていて気分がいいのは確かで、セイネリアは笑って弓を返しながら言ってみる。
「いい腕だ、剣を撃ち落とすなんて芸当はそうそう出来ない。普通なら持ってる人間を直接狙った方が楽だからな」
「へたに怪我をさせたら、あの子供が逆恨みされるかもしれないじゃないか」
予想通りの人のよすぎる答えには、どうにも声を出してまで笑ってしまう。
「君こそいい腕だ。『にわか』使いの腕じゃない」
「あぁ、ガキの時にな、森の番人の弟子だった」
「そうか、森にいたのか、なら……」
「悪いがロックランの信徒じゃないぞ」
赤毛の狩人はそれには少しがっかりした顔をしたが、それでもまた笑みを浮かべて言ってくる。
「だが森にいた者なら信用出来る。うん、君は悪い人間じゃない、俺はそう思う」
そこで狩人は急に思い出したような顔をすると、慌てて自分の名を告げた。エーリジャ・ペルー――後で分かった事だが腕のいい弓の使い手として冒険者間でもかなり名の通った人物で、ただ人がよすぎてあまりガツガツした仕事をしない所為で上級冒険者はなれていない――とそれを聞いた時には、セイネリアはその『らしさ』に笑ってしまったものだが。
そこから二日後。
どんよりと曇った空の日でも相変わらず首都は人でごった返していて、冒険者事務局から出て来たセイネリアはその人の多さに苦笑する。
南門から北へ真っすぐのびる大通りは人も多く治安は保たれているが、そこから西方面に下っていく横道へ入れば西の下区である貧民街へ続いていくのは言うまでもない。そちらへいく、いかにも胡散臭そうなフードを被って顔を隠した人間を横目で見て、大通りから下区でも東方面に向かう通りに今日のセイネリアは入っていった。
この辺りは冒険者用の宿や酒場が並ぶ通りだが、少し奥へ入ると娼館や少し特殊な酒場が並ぶ通りに入る。どの町も娼館街は独特の匂いと緊張感があって、その空気に触れるとセイネリアは自分が安堵のようなものを感じるのを分かっていた。
もともとが娼婦達の横のつながりから出来たワラントの組織は、娼館街の中の娼館の一つを本拠地としていた。娼館の正面口から入っていけば、顔を分かっている女達はすぐにセイネリアをワラントのもとに連れてはいってくれる、のだが。
「あら色男、今日も婆様のところへ直行? その前に少し相手してかない?」
「悪いがもう約束の時間になってるんだ」
「なら終わったあとはー?」
「あ、私も夜から空いてるわよ」
しなをつくって肩に手を置いてくる女達は本気半分、冗談半分と言ったところだろう。彼女達も毎回の事だからワラントに用事がある時は相手にされない事は分かっている。それでも前ならしつこく食い下がってくる女もいたが、今はそれでもすぐに引く。
「だぁめよ、婆様の用事が終わったらお嬢ちゃんの部屋に泊まってくんだから、あたし達はお呼びじゃないの」
誰かがそういえば彼女達は一斉に同意して、こちらにひやかしの言葉を掛けて去っていく。娼婦達のこのノリは慣れているから別段苛立つ程ではないが、毎回となれば少々面倒臭くはあった。一種の彼女達の遊びに付き合わされているだけなので時間の無駄ではあるのだが、この程度は付き合っておかないと女達から不興を買う事になる、というのもセイネリアは分かっていた。
「また揶揄われてきたのかい、色男」
ただ、ワラントにまで顔を見た途端そういわれるとセイネリアでも少々ため息をつきたい気分にはなる。年齢的に仕方ないとはいえ、この老女はセイネリアの事をわざと子供扱いして揶揄ってくることが多かった。
「女は集まると煩さが倍増していくからな、それに遠慮もなくなる」
「それを言ったら男もさ、特に酔っ払いはね」
「それは間違っていないな、確かに」
笑って老女の前の席に座れば、少し緊張した面持ちで酒を持ってきたカリンが横に座る。そちらには目を向ける事なく、セイネリアは老女を見るとまず、聞いた。
「それで、例の件は何か面白い事が分かったか?」
「そうだねぇ」
老女は出された酒を一口飲むと、勿体ぶって視線をカリンに向けて笑ってからこちらを向いた。
本当は頭の部分は前回に入れちゃっておきたかったんですけどね。




