6・西の下区にて3
「言っておくが、自分に尾行がついてる状態で俺に尾行がついてるからと俺を追いかけたら余計俺が怪しまれる。迷惑をかけるというなら追いかけられたほうが迷惑だ」
「あぁ……そうだな、すまない」
それは本気で謝っているというのが分かるからこそ、セイネリアも呆れはしても怒る気にはならなかった。なにせ多分、これは本気で悪意がなく、悪意がないから人の悪意にも思い至らないタイプの人間だ。
「あとここで道を聞くなら神官か警備隊員を見つけるしかない。ガキは皆スリだと思っておけ」
「でも、ちゃんと教えてくれるかもしれないじゃないか」
「実際すられるところだったろ?」
「でも、大丈夫だったろ」
「礼を渡した分損しただけじゃないか」
「あれは最初から上げたかったからいいんだ。お腹空いてそうだったからね」
どうやらこの男は本当にただひたすらバカみたいに人がいいらしい、と振り向けば、狩人は少し寂しそうな顔で笑っていた。
「俺は子供に弱いんだ、どうしても村に置いてきた息子を思い出してしまってね。実際一人でも戻れなくはなかったと思うんだけど、お腹が空いてそうだったあの子に何か上げたくてね。だから道を聞いたんだ、ただあげるよりお礼にって渡したほうが彼のためかなって思ったんだけど」
どうやら底抜けに人がよくて子供好きだというのが分かって、セイネリアも呆れはしても苦笑する。まぁ実際、スリだったとしても盗られない自信もあっての事だったのだろう。
「もしかして子供に弱いから、貴族のガキのパーティの余興役を引き受けたのか?」
「うん、実はそうなんだ」
屈託なく笑う男に、セイネリアも口元に笑み乗せてまた歩きだす。
「そんな人のよさで、よく今まで冒険者をやってられたものだ」
この手のタイプの人間はたまにいる。神官達よりもよっぽど聖人じみたこの手の男は、人に好かれはするが大抵は長生きできない。騙されるか利用されるか、人を信じすぎていい事などこの世界ではあまりない。
「まぁね。だけどいつもはちゃんと、さっきの子供の時みたいに騙されてもどうにか出来るつもりでやってたんだ。……ただ今回の仕事はちょっと危ないなと思っていたから、君を見つけて思わず相談してしまった、巻き込んでしまったようで申し訳ない」
その声はやはり嘘が混じってはいなさそうで、セイネリアはため息をついた。
「何故尾行が付いていたのを分かっていて放置してたんだ」
「撒こうとしたら、向うに何か企んでるって思われるじゃないか」
「付けられてる時点で思われてるだろ」
「そうか。でもやましい事はないと伝えたかったんだ」
セイネリアは喉を鳴らして笑いながら、この底抜けに人のよすぎる男に対して楽しくなっている自分に気がついていた。善人もここまでいけば気分がいいものだとは思う。
そうすれば、唐突に後ろをついてきていた男が足を止めてセイネリアも足を止める。
男は目を細めて何かを探るように辺りを見ていた。それから彼はとある方向に顔を向けたから、そのタイミングでセイネリアは聞いてみる。
「どうかしたか?」
「少し、寄り道をしていいかな?」
言いながら彼が背に掛けていた大弓を手にとったから、セイネリアは笑って返した。
「別に構わないぞ、それと使わないならそっちの弓を俺に貸してくれないか?」
赤毛の狩人は驚いた顔をして、それから笑って小型の方の弓をセイネリアに差し出した。
次回はちょっとは動きのあるシーンになるかな。何はともあれ狩人さんの紹介エピソード的なものですが。




