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黒の主  作者: 沙々音 凛
第五章:冒険者の章三
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35・罪と理由3

「……いや本当にお前の考えてる事が分からねーんだが」


 返す声が我ながら相当投げやりになる。セイネリアがまず思いつかないレベルで深読みしてるというのは分かったが、分かったからこそ彼レベルの思考をするのは無理だとエルはもうこの時点で諦めていた。


「俺は言わない、とは言ったが、使えそうならバラすと言った。この段階で少なくとも当分は奴らはヘタにその手の事は出来なくなる」

「そりゃそうだろーな」

「そのままもう二度としないで終わるなら奴らは罪を悔い改めた事になるんだろう。新しい犠牲者もなく、孤児達も露頭に迷わない、誰にとっても悪くない結末だ。だが暫くやらずに金がなくなってからまたやろうとすれば……今度は高確率で失敗する可能性が高い」

「どうしてそう思う?」

「ブランクによる計算違い、後は本人達に迷いと恐れがあるからだ。それに多分、やるとすればモーネスのジジイはやらないと言い張って、ソレズド達だけでやろうとするんじゃないかな。……そうなれば失敗の確率は跳ね上がる、それで奴らは本当に罰を受けるだろう。おそらく、今の時点で事務局にバラされておけば良かったと思うような事態になると思うぞ」


 エルは黙った。ここまでの話は全部セイネリアの予想だけの話である。彼は確率の高い道を繋げて結末を導き出しているだけに過ぎない。けれどその結末が確かに実現しそうな気がして何故だかエルはぞっとした。


「……再びやって……それで失敗しない可能性だって……あるだろ」


 彼の予想に反発したくて言ってみれば、セイネリアは気を悪くするでもなく澄まして酒を飲んだ。


「あるな。だが奴らのやり方は続ければ必ずどこかで失敗する。……結局この手の事は、失敗するまで続けるか、失敗する前に自ら止めるかの2つの結末しかない。前者の場合は大抵は死かそれに準ずる最期が待つ訳だが……今回の場合だとそうはならない、なにせ被害者側の俺たちに誰も死人が出ていないからな。契約違反としてポイントの大幅減と、罰金か暫くの投獄というところだろ。当然冒険者間の信用はがた落ちでマトモな仕事にありつけなくなるのは痛いだろうが、それでも奴らのしてきた罪に比べたら大した罰じゃない。もし誰かが過去の罪を蒸し返したとしても、自ら訴え出る筈もない死者への罪など『冒険者同士の諍い』を適用して終わりだろう、事務局も警備隊もそんなザコに労力を割く程暇じゃない」

「つまり……今回の場合じゃ訴えても大した罪にならないだろうから言わなかった、という事か?」

「まぁな、それも理由の一つではある。というか、つまらんだろ?」

「つまらん……てぇのは何だよ?」


 もう話の先を聞くのも嫌になってきたエルだったが、聞き返さない訳にはいかない。セイネリアは琥珀の瞳に昏い影をを映すと、唇の笑みを消して呟くように言った。


「あのジジィはな、ほっとした顔をしていたんだ。恐らくあの時、これでもう罪を重ねなくて済む、という類の事を思ったんだろうな。あのジジィは本当は誰かに止めてもらいたかったのさ。なにせ『善人』だからな、自分の罪の重さにそろそろ耐えかねていた可能性が高い」


 言われれば確かに、自分が黒幕だとあっさり認めた後のあの老人の顔は妙にさっぱりしていたような気はエルもする。長年悪行を重ねて来た開き直りかとも思ったが、罪がバレてほっとした、というセイネリアの言葉も分かる気はした。


「『善人』が自分の意志で罪人になったんだ、罪の責任は自分で取るべきだろ。俺は止めてなどやらない、止めるなら自分の意志で止めろ。そうでなければ罪を重ねて最悪の罰を食らうかだ。今回の件で軽い罰を与えられてそれで許された気になっていい筈がない」


 そこでエルは少しだけセイネリアの気持ちを理解した。この男は自分の意志で動くという事に拘っている、だからこそ自らの良心に『言い訳』をして罪を重ねる『善人』が気に入らない。更にはちょっとした罰を受けてそれを許された理由とし、楽になろうとするのもまた気に入らないのだ。

 エルが聞き返す気力もなく口を閉ざしていれば、セイネリアはわざとらしく笑みを浮かべて肩を竦めてみせた。


「早い話、自分の罪の代価は自分で選べ、という事だ。罪を犯すも止めるも、言い訳をせず自分で決めてみろとな」


 エルは重いため息をついた。

 確かにセイネリアの思惑を知れば、彼の判断はまったく優しくなどない。それどころか相当に厳しいというのが分かるのだが、エルの感情的にはそれを称賛する気も非難する気にもなれなかった。彼の考え方はアリだとは思うが、彼のその気持ちを分かりたくもないとも思う。


「善人が人を殺す程大切なものがあるんだ、どんな結末を選ぶのか、それで最後まで大切なものを守り切れるのか、俺はそこに興味がある」


 ただそういった時のセイネリアの瞳がどこまでも昏く、彼の内に向かっていて、そこでエルはふと思いついて聞いてみた。


「そう思うのは……お前が『善人』じゃないからか?」


 セイネリアは昏い瞳のまま、唇だけで笑った。


「あぁ、そうだ」



長くなりましたが一応これでこの会話&今回の仕事話は終わり。

えー前提として、そもそもこの国の法では「冒険者同士の諍い」での殺人は罪ではないので、ソレズド達の思惑がバレた時点で普通は報復として殺されるレベルの目にあわされます。捕まえて訴えるだけなんて相当優しい正義感溢れた人間くらい。普通は少なくともリンチの後で、ですね。


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― 新着の感想 ―
[一言] ドラゴン退治面白かったです! 老人には何かあると思っていましたが孤児を養っていたとは、途中の盗みをやった子供の話も伏線だったんですね。 細かいところですが水晶魔鉱石を魔石を使って採取するとい…
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