22・連戦3
――くっそ、急げ急げ、急げ俺っ。
まだ強化術の効いているエルは自分をそう叱咤して出来る限り急いで縄を登っていた。上に見えるのは下を心配そうにのぞき込んでいるカリンの姿で、だからエルがそれに気付いたのは彼女の顔が強張って悲鳴を上げた所為だった。
手を止めたエルは下を見る。
そして見えた光景に息をのんだ。エルが今掴まっている縄の下の方が燃えている。セイネリア達の姿はまだ下にあった。
「急げエルっ、縄に火が着いてるっ」
――ンな事分かってンだよっ。
エルは歯を噛みしめた、下からは火が迫ってきている。強化術が効いている今ならそれでも登り切る事は可能だと思えたが、上を見て真っ青なカリンの顔が見えるとエルはそのまま手を動かす事が出来なかった。
もう一度下を見れば、セイネリアは別段焦った様子もなく、彼らしく苦笑していた。
「ったく、俺も馬鹿だよな」
エルは舌打ちをすると縄から手を離した。
――何やってんだろな、俺。
落ちながら自分に呆れるものの、後悔も思い直しも既に遅い。
術が効いている今ならこの高さでも着地は出来る、ただそこから間もなく切れる事も分かっている。行って何が出来るんだと考えたら自分の馬鹿さ加減に嫌になったが、それでもあのまま登り切って彼を見捨てたら絶対に後悔することも分かっていた。
「お前は馬鹿か」
着地した途端掛けられた声に、カチンとはくるものの彼の冷静さに安堵もする。
「るっせ、見殺しにしたら寝覚め悪ィだろ」
「今のお前に何が出来る」
「知らねぇよっ、貴様が考えろっ、どうせ今更もう戻れやしねぇんだからよっ」
言って呆れる程冷静な声の黒い男を睨みつけたら、その顔が笑っていたことで気が抜けた。
「分かった、考えておく。とにかく登れないならここにいても仕方ない、隠れられそうな場所を探すぞ」
そのセイネリアを、呆然というか、一種の感動のようなものを感じて見ていたエルは、彼の背後から聞こえた声で我に返った。
「向こうに少し大きめの窪みがある、傍に岩があるから上手くいけばやり過ごせるかもしれん」
モーネスの言葉にエルとセイネリアは顔を見合わせる、だがすぐに。
「よしジジイ、案内しろ」
セイネリアが言って、老神官を背負うとその指示に従って走り出した。
モーネスが言った窪みというのは遠目では分からなかったが近づけば分かる、一見岩が折り重なっているだけの場所に見えるがだからこそそれが火避けに使えそうで、案外ここでじっとしていればやり過ごせそうにも見えた。三人は急いで窪みの中、岩の影に隠れた。そしてそこからじっとドラゴンの様子を伺う。
「適度なとこで諦めて去ってくれたらいいンだけどな」
エルが言えば、変わらぬ冷静すぎる声でセイネリアが答えた。
「どうだろうな、目を潰されて相当怒り狂ってるようだからな」
「俺の所為かよ」
「お前の所為だな」
「こンのぉ……」
「だがその所為で5人は逃げられた、あの場面じゃベストの働きだろう」
そう返されれば怒る訳にもいかなくてエルは口を閉じた。こんな状況でもまったく動じた様子がないこの男は正直頼もしくて、この状況でさえどうにかしてしまうのではないかと言う気にさせる。……まぁそれを言えば、自分がいなくてもこの男だけでどうにかしそうな気もするのだが。
だがそう思った直後、暫くドラゴンの様子を黙って見ていたセイネリアが急にエルの顔を見て言った。
「お前の出来る事を思いついたぞ、ついでに上手くいけば奴を倒せる」
「……は?」
おいおいアレを倒す気かよ、と思ったの半分、その楽しそうな顔が怖いと思ったの半分。エルが顔を引きつらせれば、セイネリアは実に楽しそうに恐ろしい事を気楽そうに言った。
「安心しろ、失敗しても死ぬのは俺だけでお前達はここでこのまま隠れていればいい。ただ二人とも盾はなくなるがな、どうする?」
先にけなしておいて後で褒める辺りがセイネリアの上手いところです。




