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黒の主  作者: 沙々音 凛
第一章:始まりの街と森の章
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14・化け鳥

 森で過ごす大抵の者は、森を司る女神ロックランの信徒でもある。アガネルも当然そうで、神官程ではないがロックランの秘術を多少は使える。神が神であるからその術は動物避けや森での生活で便利なものばかりで、当然狩りにも役立つ術がいくつかある。


 降り積もる葉達が折り重なり土へとなりかけている森の地面はこちらの足音を隠してくれる。木の枝を踏むなんてヘマはしない。音もなく、気配も消して、次第に近くなってくる羽音に神経を集める。僅かに動く影が見えてからは、姿を隠せる木伝いに近づいていく。


「……見えたか?」


 セイネリアが次の木に移動せず、止まったまま向こうを見ているのに気づいたアガネルが尋ねてきた。


「あぁ」


 言いながら、セイネリアがアガネルに自分がいるすぐ隣の木を差してくるように指示し、アガネルはそれに従う。


「……小さいな」

「やっぱりそうか」


 ソレは足から頭までなら人間の一回り下程度の大きさの鳥らしきものだった。セイネリアは見た途端、あのサイズでアガネルがいうように大人を持ち上げるのはきついだろうと思ったのだ。

 しかしその鳥――をアガネルがハッキリ鳥と言い切らなかったのはその下半身を見た事で分かる。

 足が太すぎる。まるで4足動物の後ろ足のように立派な脚と、長い爪のせいもあってやたらと大きな足のせいで、それは鳥というには下半身が大きすぎて不格好に見えた。


「おそらく、まだ子供だな。エサとりの練習中ってとこか」


 それの足下には、それ本人のものではないと思われる細かい羽毛が血と共に飛び散っていた。つまり奴が追ってきた獲物が、飛び散っている羽根の持ち主なのだろう。

 だが、そこまで観察したアガネルは、急激に表情を固くした。


「……方針変更だな」


 セイネリアもアガネルと同じ事に気づいて言う。……どこか楽しそうに。


「怪我をしてるな」

「まさに、奴にとってはドジを踏んだってとこだろうな」


 セイネリアは口元に湧いてくる笑みを押さえきれなくて、声を出さずに喉を震わせる。

 ガルカダの子供は翼を怪我しているようだった。

 先ほどから藻掻もがくように羽ばたいているのは、飛びたくても飛べないからなのだろう。

 頭上を見れば、まるで木々の枝と葉で作られた森の天井にぽっかりと穴が開いたように空が見えて、折れた枝がぶらぶらと垂れ下がっていた。おそらく、ここへ降りてくる時に、あの枝のどれかで羽を痛めたというところだろう。


「さて、次の方針は、逃げ帰って雇い主に言うか、ここで倒すか、だな?」


 確認に聞けば、舌打ちさえ聞こえてきそうな苦々しい声でアガネルは答えた。


「始末するしかないだろう。俺があれの気を引きながら結界を引く、おまえは弓であれの目を狙え」

「了解」


 セイネリアの返事と同時にアガネルはソレの正面に回り込み、セイネリアはそのままの位置で弓を構える。

 走り出したアガネルの足音に反応して、化け鳥はすぐに首をぐりっと一度こちらへ回してから、音を追って首をぎこちなく伸ばしながら曲げていく。


「ほら、こっちだ馬鹿鳥」


 姿を表したアガネルに大鳥は走って近づいていく。だが、彼が走りながら落とした忌み石――いわゆる動物避けの結界に使う魔法が掛かった石だが――に気づいて、足を止め、その場で足踏みを始めた。

 更にアガネルはその周囲を囲うように石を落としながら走り、化け鳥の行動を封じていく。鳥はアガネルの動きを首で追うものの、石の魔力で近づけなくて苛立ちに足をばたつかせるしかない。

 その間も、セイネリアはじっと化け物を見つめていた。弦を引き絞って目標の目を狙い、それが止まる瞬間を待っていた。


 だが、ここで予想外の事が起こる。


 アガネルに近づけなくて癇癪かんしゃくを起こした化け鳥は、突然、その場でとんでもない声で叫び声を上げたのだ。思わず耳を塞ぎたくなるその声にセイネリアは眉を寄せて耐えたが、正面から直接聞いたアガネルの足が止まった。


――まずいな。


 セイネリアは矢を放った。

 まだ相手は動きを止めていない、だから狙いは逸れても確実に当たる体に。


 丁度よく矢は、威嚇に広げた鳥の翼の付け根に近い位置に当たる。すぐに次の矢をつがえて今度は即放つ。当たったのは背に近い部分。化け鳥はぐるりと首を回して、怒りに血走った瞳を今度はセイネリアへと向けた。

 セイネリアのいる位置には忌み石は置いていない。だから鳥は今度は躊躇なくセイネリアに向かって走ってくる。

 次の矢をつがえる暇もなく手に持ったまま、セイネリアは走りだした。

 相手の足はそこまで早いものではないとはいえ、人間よりも比重が軽い体と大きい足はこの足場の悪さを全く気にしないで走れる。倒木をひょいと跳ねるだけで避けられる向こうの方が走る条件的には有利だった。

 だが今は、化け鳥の方にも全力で走れない事情があった。

 刺さった矢のせいで翼を完全に畳む事が出来ない鳥は、中途半端に翼を広げた不格好な姿のままで走らなくてはならなかった。

 だから、双方の走るスピードはほぼ一緒ではある。

 セイネリアは走る。

 四年を過ごしたこの森は、どこに何があるかまで知り尽くしている。だから迷いなく、目指すのは細い木が密集している区画。

 翼を畳めない化け鳥は、その区画までくれば更に走る速度が落ちる。セイネリアの後を追っていても木の密集の酷いところは回り込まなくては通れなくて、鳥の苛立ちがそのヒステリックな鳴き声でセイネリアにも分かった。


 セイネリアは後ろの鳥を見て、一度足を止める。


 そこは丁度化け鳥が通れない場所で、木に前進を止められた鳥は首だけを伸ばしてセイネリアをくちばしで攻撃しようとする。

 けれどもそれは外れて、嘴はセイネリアの後ろの木を削るだけだった。

 だがすぐに再び突き出された嘴がセイネリアを襲い、かすりそうになったそれをセイネリアは左手だけにある腕当てで逸らして避けた。実はこの腕当ては鍛冶屋のケンナから『賭け』の印として受け取ったもので、動物の爪や棘のある蔦を避けるなど荒い使われ方をしても未だに傷が多少あるだけで使えなくなるようなへこみや破損はなかった。

 本当にあの鍛冶屋はいい腕だ、と思いながら、セイネリアはまた化け鳥からの攻撃を避ける。顔を逸らして、腕当てで弾いて、すさまじいスピードでこちらの顔を抉ろうとしてくるその攻撃を避けた。

 ムキになってギャァギャァと苛立ちに叫びながらも、鳥は必死に首を伸ばしてセイネリアの肉を抉ろうとする。

 ガツ、ガツ、ガツ、と避ける度にセイネリアの頭のすぐ横に人の頭と同じくらいのサイズの鳥の頭がつっこむ。血走った人のげんこつ程に大きな目が、嘴が木に食い込む度にぎょろりとセイネリアの顔を映す。


 しかしそんなやりとりの何度目か、ガツリと一際深く突き刺さった化け鳥の嘴はそのままの位置で動かなくなった。


 顔を戻す事が出来ないのだから、当然次の攻撃はこない。セイネリアの横にある鳥の瞳はギョロギョロと動き、膜のような灰色の瞼が苦しげに目を覆って瞬きをする。

 化け鳥は懸命に嘴を抜こうと首を前後に動かしひねった。めいいっぱい首を伸ばしたままの状態で小刻みに頭を振り、木と木にばたつかせた翼をぶつける。

 セイネリアは無言で自分の頭の真横にある鳥の血走った瞳に、手にもったままだった矢を突き刺した。

 中味の詰まった水袋を刺したように大量の血液が溢れて、手応えもなく奥まで矢は入っていく。それから間もなく感じた固い神経の感触に、セイネリアは迷うことなく力を入れた。

 化け鳥の体は暴れる、狂ったように暴れる。

 けれども矢がかなりの奥にまで入り込み、暫くして何度目かのぶつりという手ごたえの後、その動きは急激に止まった。

 木に嘴が刺さったまま首に力をなくし、だらりと垂れ下がるようになる化け鳥の体。それでも最後の力なのか、ただの筋肉の痙攣なのか、時折ひくりと翼や足が動いた。

 セイネリアはかつて鳥の眼球があった場所に埋まる自分の手の見つめる。そして、大量の血が自分の手を伝って未だ垂れていく様に、この大きさの鳥では血抜きも毛抜きも大変そうだ、などと冷静に考えた。



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