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黒の主  作者: 沙々音 凛
第一章:始まりの街と森の章
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13・森

 アガネルの仕事、つまり森の管理人の仕事というのは、基本は森の中をひたすら歩き回る事であった。

 大抵の日は、ほぼ一日中森の中を歩き周り、普段と違ったところがないかをチェックしたり、木の状態を確認して印の紐をつけたりするのが仕事だった。邪魔な倒木があればそれを移動させ、危険な穴があればその傍にマーカー用の魔法石を埋めて傍に来た人間に注意を促すようにする。

 後は危険な動物や化け物がいれば、それを倒すか捕獲し、手に負えない場合は雇い主である領主に報告する。……ただし、そこまでの大物は今のところ出た事はないそうだが。

 樵としての仕事は、雇い主を通して来た注文がある程度溜まってから、注文通りの木を物色してそれを切り、数が揃ったところで注文主まで運ぶというものだった。これはそこまで頻繁な仕事ではなく、月に2、3度程度といったところだ。


 だからセイネリアが彼の元でやっていた事は、ひたすら森を歩く事と薪割りが殆どを占めていた。後は木を運ぶ手伝いと、木登り、狩り――それは時には少しやばめの大型動物を始末する事だったり、日常の食料確保の為だったりしたが――その程度のただの仕事の手伝いばかりだった。

 それでも、道などない森の中をひたすら荷物を持って歩きつづける事は体力的にも筋力的にも相当きつい訓練となったし、薪割りは勿論、純粋な筋力を付けるにはもってこいではあった。狩りの仕方を教わって動物の生態を知った、動物の戦い方を知り弱点を学んだ。耳も目も、前よりずっと鋭敏になった。こと身体的な部分に関してだけならかなりの『強さ』を手に入れられたとはセイネリアも思う。

 となれば、後はそれを生かせる経験と技術だ。

 つまり、自分という容れ物の性能はそれなりになったから、次は中身を詰め込まないとならないということになる。


「で、お前さんは首都に行って冒険者になるのか」

「あぁ」


 いつも通りの森の中、午前中の巡回ルートを歩いていれば、後から歩いてきているアガネルが話しかけてくる。

 この四年間、毎日のように歩いている森の中はほぼ知らない事はない。

 最初の内は前を行くアガネルについて行くのさえ厳しかったが、今では前を歩くのがセイネリアの仕事になっていた。いつから自分が前を歩くようになったかはっきりとは覚えていないが、あの大斧で薪割りが出来るようになった後だったのは確かだから彼なりにこちらを認めた証なのだろう、とその時のセイネリアは思った。

 ……ただし、前を歩くように言った時の最初の台詞は『じじいに少しは楽させろ』という茶化したものだったが。


「お前くらいの歳の男なら大抵皆夢見る話だな。おかげで農家や樵みたいな地道な仕事をする人間が減ってるんだぞ」


 アガネルは今日はよくしゃべるとセイネリアは思った。いつも結構話しかけてはくる方だが、今日は特によく話し掛けてくると思うのだ。


「そうでもないだろ。冒険者になった大抵の者は、暫くすると故郷に逃げ帰ってくるそうじゃないか」


 実際、大抵の若者が憧れて冒険者になるものの、実力がなければ仕事はない、命は危険、法律は守ってくれないと厳しいどころではない実力重視の世界だ。田舎暮らしでのんびりと育ったような人間はすぐに音を上げる。だから、帰りようがない片道切符でここへやってきた国外からの人間の方が冒険者として成功する可能性は高い、と娼館の女達が噂話として教えてくれた。


「は、そういう話を何処で仕入れてきてるんだかな」

「ガキの時は、その手の噂話に詳しい連中が周りにいたからな」


 セイネリアは自分がどこで生まれてどこで育ったか、それを未だにアガネルには言った事はなかった。ただ、親に許可云々と言い出した時に、親はもういないとだけいってはある。


「それで、首都いって冒険者になれればそれで成功できる訳じゃねぇぞ、どうするつもりだ?」

「どうするといっても、冒険者になって仕事を探すさ。最初はどんなつまらない仕事でもいい。少しづつランクをあげるようにしたいところだが、仕事内容にはそこまで拘る気はないな。雑用でもいいから、化け物でも人間でも強い奴を近くで見れればいいとは思う。まぁどんな仕事でもそれはそれなりに身につくものはあるだろ。まずは数だな、仕事を多くこなして経験をつむさ」


 セイネリアが前を歩くようになった当時、そこから暫くは、アガネルは殆ど歩いてる最中に話し掛けてくる事はなかった。それはセイネリアの気を散らさない為だったようで、セイネリアが慣れてきたと判断されてからはこうして話をしてくるようになった。

 そういえば、彼の方が前を歩いていた時は、森の事を教える為にもっとよく話し掛けてきていた事を思い出す。ただし、最初の頃はついていくのさえ休みなしでは無理で、とても返事など出来る状況ではなかったが。

 こうして今は話しっぱなしで歩いていてもまず仕事としての集中が切れる事はないし、息も殆ど乱さなくなった。

 そう、口ではアガネルとの雑談に請じていても、神経はちゃんと辺りに注意が向いている。


 セイネリアの足が止まった。


 何も言わずとも、後ろにいる男の足も止まる。

 黙ったまま、身動き一つせずに、視覚と聴覚を総動員してそこへ向ける。


 ぎゃぁ、と聞こえた声とともに神経の呪縛が解けた。


「……鳥か?」


 バサバサと、羽音に続いた鳴き声を聞いて、セイネリアが呟く。


「いや、あの声は……鳥っていや鳥だが……こいつは少し面倒だな」


 羽音の重量感からすると、相手はかなり大きいというのが分かる。だが鳴き声はセイネリアが聞いた事のないモノだった。


「ガルカダっていう、ちっとヤバイ鳥だ。普段はもっと北の岩場の周辺にいるんだが」

「ヤバイの種類はなんだ?」


 セイネリアが唇に笑みを浮かべて聞く。

 それにアガネルは嫌そうに顔を顰めた。


「まず、でかい。人間くらいは大人でも簡単に掴んで持ち上げられるくらいな。凶暴で肉食、でかい嘴と長い爪のどっちでもかすったら肌がぱっくり割れるぞ」

「確かにそれはヤバイな」


 だが、そう言いながらもセイネリアの顔から笑みは消えない。


「多分、餌を追ってこんなとこにきちまったんだろ。さっさと自分のテリトリーに帰ってもらうしかないな」


 笑みを浮かべていたセイネリアが、その言葉には少し眉を寄せた。


「つまり、追い払うってのが方針か。倒すか捕まえるのは無理か?」


 アガネルは思い切り顔を顰める。


「やめとけ。装備も人数もアレを相手にするにゃ十分じゃない」


 セイネリアは肩を竦めて、今度は皮肉げに笑う。


「了解、方針は追い払う、だな」


 言いながら腕に掛けていた弓を手に持って、すぐに放てるように矢をつがえる。そのままやじりを下に向け、静かに、ゆっくりと音の方へと近づいていく。

 後ろを行くアガネルからは何か呟く声が聞こえる。おそらく、何か魔法を準備しているのだとセイネリアは思った。



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