19・予想2
それでエルも考える。言われれば確かに、あの地形でデカイ化け物が住むなら飛べないとかなり不便だろう。一応水場はあっても小さいらしいし、草木はロクに生えてないし、餌を取りにいくのは飛べない奴では難しそうだとエルも思う。
と、考えると、あのオオトカゲ達があそこに大量繁殖なんてちょっとおかしい気もした。
――トカゲだからな、実はあの崖を登れる、とか?
だがあの大きさで、垂直以上の角度があるところをあの高さまで登れるとはちょっと考えにくい。いや、実際大量にいるんだからエサを取る手段が何かあるんだろうが。
「確かに、あのトカゲ共が飛べはしないだろうな」
セイネリアは相変わらず表情と同じく抑揚のない声で返す。それにやたら得意げにキェルデが彼の背を叩いた。態度的に、いかにも先輩風を吹かせている感じだ。
「だな。ま、予想通りじゃない事なんてのはいくらでも起こるからな、気にすんなよっ」
なんだこいつ――それにはちょっとエルはムカついた。なんか今朝出てくるところから、キェルデよりセイネリアの方が仕切ってる感じがあったから面白くなくてわざわざセイネリアを下げるような発言をしたんじゃないかとも思う。上級冒険者様のくせにどんだけ小物だよ、と言いたくなったが、勿論声に出して言いはしない。
まぁただ、言われた方のセイネリアがそんなちっぽけな事でいちいち反応したりはしないのが分かっているからまだ気持ちは収まる。黒い男は完全に無反応で、悔しがったり、キェルデを睨むような事はない。
「そういえば、この近辺の村で最近化け物の被害報告はあったのか?」
代わりに、あくまで事務的にただの確認事項のように彼はそう尋ねた。キェルデは少しつまらなそうな顔をしたが、質問には普通に答えた。
「あ、あぁ、いや、報告はねぇな。大きな影を見たってのは何件かあるけど、飛んでったってだけなら珍しい話でもねぇしな。ま、谷にいるのがあのトカゲ共じゃ、谷の外に出て家畜を襲う事もねーだろー」
そりゃそーだ、と思ったエルだが、セイネリアはそれに返事を返す事はなく、ただ微妙に口元に笑みを浮かべていた。
――なぁんか考えてる事があるな、ありゃ。
エルとしては気になったが、どうせ聞いたところで教えてくれそうにはなかったし、セイネリアが「そろそろ行かなくていいのか」と言ってそこからすぐ立ち上がってしまったから声を掛ける暇はなかった。
――こっちに動いてほしかったら、何か言ってくる……よな?
そう信じてはいるが、なにせ彼一人で出来る事がありすぎるから彼だけが分かっている状態で彼だけで対処するつもり……という事もあり得る。彼とはいわゆる死線を潜り抜けた仲ではあるが、だからといってアテにしてもらえるほどの信頼関係はまだない、ともいえる。
「よし、出発するぞー」
間もなく、キェルデが声をそう上げて出発となり、谷に向かって道を下る事になった。途中から道が一人しか通れない感じになってかなり急になったりもしたが、それでもやはり一度通った道だけあって昨日よりも進みは早かった。勿論時々皆の体調を確認して、昨日よりも症状が重いものがいないか聞いておくことも忘れていない。そうしてまだ朝と言える時間に内に、順調に進んで全員無事に谷の入口に着く事が出来た。
そう、谷につくまでは順調だった。
問題は谷の状況で……セイネリアの予想とは違って谷に近づいただけで聞こえて来たカエルの大合唱、ならぬ、トカゲの大合唱に、思わずエルでさえ言ってしまった。
「おいおい、話が違うじゃねぇか。へたすっと昨日より騒ぎが広がってねぇか?」
けれどいつでもやたらと自信がありそうな黒い男は、落ち着き払って言ったのだ。
「騒ぎの原因は昨日とは別だ。奴らの上を見てみろ」
「はぁ?」
エル、だけではなくその場にいた全員が彼の言う通り谷の上に目をやった。
次回からセイネリア視点に切り替わります。




