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黒の主  作者: 沙々音 凛
【番外編:魔物の谷】
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18・予想1

 ちゃんとした道があるから谷へ向かう道中は特に問題がない、そこは前日通りだった。余程ヤバイ魔物がいればそりゃ大変だろうが、道には動物除けの石が一定間隔で埋まっているからちょっと危険な動物くらいまでは会う心配もない……と、そこまで考えてから、エルは思い出した。


――谷にいくまでにヤバめの魔物にあったら、谷にはもっとヤバイのがいる、とか聞いて楽しそうだった奴がいたよな。


 そうならなくて良かった、としみじみ思いつつ、でもあの槍を見れないのもちょっと残念かなとかも思ったりする。今回、谷にいたのがあのオオトカゲで、基本は戦闘を回避するという方針ならばあの槍の出番はなさそうではある。


――マルカンやタダックは滅茶苦茶残念がりそーだけどな。


 昨日と違って朝で元気があるせいか、おそらく一度来た道で勝手が分かっているのもあるからだろうが、感覚的にはかなり早く道が下り始めるところまでやってきた。昨日ここでキェルデから『体調に問題があったら……』とか言われた場所だ。そんな事を考えていたら、前が足を止めた。


「よし、まだ皆体調的に影響が少ねーうちに調査手順について話しておくぞ」


 あぁ、そういうことね――とエルもキェルデの方へ向かう。ここは周囲にくらべて道幅が広くなっているから、皆でキェルデを囲むようにして話を聞く事にした。


「んじゃま、昨日見た通り、谷は基本的に霧がかかってる事が多い。だから入口でざっと見て終わりって訳にはいかねぇ、中まで入っていって様子を確認する必要がある。っていってもあの霧の中を無暗に歩き回ったらヤバイからな、調査する道順、ってのが決まってるンだ」


 確かにいつも霧がかかっている場所だというなら、彼の言うとおり道順通りに回るというのは理にかなっている。おそらくは谷の中に目印見たいな場所があって、それを頼りにして歩くのだろう。


「列の順番はこのままだが、谷の中では俺とセイネリアだけは少し先行して、あとの連中は出来るだけ前の奴との距離を詰めて歩いてくれ。くれぐれも前の奴を見失うなんてこたねぇようにな、霧の中ではぐれたら合流が難しいからよ」


 先頭はセイネリアかタダックとなっていた筈だが、セイネリアがやる事にしたのは目と耳がいいからか、戦闘能力優先か。どちらにしろ、先頭の2人を見失わないようにするのが重要だ。


「って事で谷の中に入る時は、基本的には2列で歩いて何かあった時の対処役じゃない方にロープを持ってもらう」

「ロープ?」


 意味が分からないという顔をして呟いたラドルに、エルが説明する。


「前から同じロープ持ってればはぐれねぇだろ? ンで隣りの奴からは目を離すなよって事だ」

「あぁ」


 すぐ納得したのか新人の弓係はこくこくと頭を上下に振る。


「そういうこったが、ま、昨日みたいにトカゲ共から逃げる状況になったらそんなモン持ってられねぇからな。で、もしはぐれてどうにもならなくなったら、上を見て、かろうじて見える崖の上の輪郭にそって太陽が沈む方と逆へ進め」


 おーと声が上がる。そういえば確かに、下は霧で視界が悪いが上に行くほど霧が薄くなっていた。上を見れば、戻りたい方向だけは見失わずに済みそうだ。


「んじゃここで水分補給水したら出発するかね」


 それに素直な返事を返して新人二人は水袋を取り出す。とはいえ手際が良くなくて、他の連中が水の補給が終わった時に彼等はやっと飲みだしたところだった。勿論、焦らせずに皆はゆっくり待ってやった。その時にエルは、キェルデがセイネリアのもとに行って話しかけているのを見た。


「そういやセイネリア、今回はお前の予想とは違う化け物だったな」


 募集主の男は何故かやけに得意げにそう言っていた。なんか嫌な感じがしてエルは考える。


――そりゃあいつでも予想を外す事はあるだろうけど……予想って、何だ?


 セイネリアは思いつく事がないのか、それとも気にしていないだけか、いつも通りの無表情でキェルデの顔さえ見ていない。ただキェルデの言った言葉の意味はすぐに彼自身のセリフで判明した。


「あの谷に住みつくのは飛べる奴だろうって話さ」

「あぁ……」


ちょっと調査前の会話シーンを入れさせてもらいましたが、次回で谷につきます。


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