17・出発前
そうして、今日は本格的に調査をするためにまた谷に向かう訳だが。
「さすがに一晩過ぎれば、連中もおとなしくなってンだろ」
昨日、谷の中に行った面子に何が起こったのかはエル達も聞いていたし、実際のあのオオトカゲも見たから事情は分かっている。相当大変だったみたいなのに、気楽そうにそう言ってきたキェルデにエルは一応聞いてみる。
「そんな簡単な話かね。それに、興奮状態じゃなくなっててもこっち見つけたら襲ってくるんじゃねぇのか? それにヤバイ数いるっていってただろ、大丈夫なのか?」
それにはキェルデではなくセイネリアが答えてきた。
「一応対処方法はある。奴らは光石が使える、目も見えてた。そして昼間に水浴びしていた、となれば夜行性ではなく暗くなったら寝るよう連中の可能性は高い」
「リパの光石か? でも使ったらまた混乱すんじゃね?」
「霧のせいで効果範囲が狭いから混乱するのは一部だけだ。ただそれが伝染して他の連中も騒ぎだして収集がつかなくなったら一旦戻って次の日に出直しだな。基本は見つからないように調査する事にはなる」
「成程ねぇ……お前のこったから、まさかの場合も考えた上で言ってるんだと思うけどよ……」
実際あのオオトカゲくらいなら、セイネリアが槍を呼べば相当の量がいても対処できそうだと思う。彼がそのつもりで言っているなら、エルには反論のしようはない。あの樹海の仕事でのセイネリアを知っているだけに、彼の判断ならエルとしては信用出来る。ただやはり、冷たいくらい冷静な男の話はそこで終わらなかった。
「ただし、昨日現地に行って無理だと思った者はここに残ったほうがいい。今日は谷の中まで入って調査出来る者だけで行くべきだ」
彼ならそう言ってくるのも当然だろうなと思うと同時に、エルはちらと新人二人の方を見る。二人ともちょっと泣きそうな顔で下を向いていた。
「あー……お前の言い分は分かる。確かに、体調悪い奴を化け物がいそうなとこへつれてくのは危険だ。ただ言っとくと、谷で調子が悪くなった面子も、動けないって程の奴はいねぇし、逃げるくらいは出来るのは昨日の通りだ。少なくともいるだけでお荷物にしかならねぇってのはいないと思うぜ」
「それでも、少しでも不安があるなら来ない方がいいだろ」
あーこいつってそういう奴だよなぁ、とは思うし、あくまで冷静な判断として言っているだけで悪意はまったくないだろう。エルも普通なら連れて行かないという判断をしたと思う。
「わぁってる、その判断は正しいよ。たださ、現地で何があるか分からないなら、使える手は多い方がいいと思わねぇか? 例えばラドルが常に弓で待機してりゃ、距離のあるとこに何かいた場合すぐに対処できるし、トーツィは火をつけてその火を消せる、光にパニクるような奴なら火でも脅せんじゃねぇ? マルカンはいざというとき突っ走って知らせてくれたりできるし、すげー細かい事に気づいてくれっからいたほうがいいぜ。俺もさ、本調子じゃなくて自分の身を守るくらいは出来るし、強化も治癒も問題なく使える」
そこでセイネリアは少し黙った。どうやら考えているらしい。エルは畳みかける勢いで言う。
「昨日はずっと岩ンとこで待機だったけどさ、長くあの場にいる事で体調がどんどん悪くなっていくってのはなかった。それなら谷の調査中はずっと、あの時点で各自が申告した事くらいは出来る状態だって事だ」
セイネリアの表情は変わらなかったが、そこで彼は言ってきた。
「確かに、手段がいろいろあれば、それだけ多くの状況に対応できる。昨日谷で感じた状態で、自分の仕事が出来ると思うのならついてきてもいい」
「だろ?」
不安そうな新人二人を見てエルがウインクしてやれば、彼等はほっとした顔をしていた……のだが。
「だが途中で体調が悪化して、自分の仕事が出来るか不安を感じたらすぐ申告する事、これが絶対条件だ。いざという時にその人間に期待していた仕事が出来ないのが一番困る。体調が悪くなる事自体は本人のせいではないから責める気はないが、我慢して黙ってついてきて逃げろという時に動けないと言ったら見捨てるぞ」
「そらな、な?」
ははは、と思わす乾いた笑いを浮かべて二人の方を見れば、彼等は少し青ざめて何度もうなずいていた。この男が見捨てるといえば本気で見捨てるんだろう――と思うと同時に、エルはこうも思った。つまり、わざと『見捨てる』と冷たく言った事で、必ず自己申告するようにさせたのかも、と。
――冷たいっちゃ冷たい男だがよ、足手まといだからってだけで簡単に見捨てる男でもねぇんだよな。
そんな事を考えていたら、セイネリアはくるりと後ろを向いて、すっかり状況を見ているだけでぼうっとしていたキェルデを見た。
「募集主殿、そういう事でいいか?」
「お……おう、そうだな」
キェルデは焦って作り笑いを浮かべるとそう返す。
どっちが雇われてる側なんだか――と思いながら、やっぱり器の差がデカイわな、とエルはしみじみ実感した。ちなみに、昨夜セイネリアがキェルデと話した事については特に彼から何か言ってくる事はなかった。ただこっちが起きてて部屋から出ていったのを知っていると彼が気づいていない筈はない。だからきっと聞かなくても問題ない内容だったのだろう。
出発前にちょっとごたついたエピソード。次回は谷に向かいます。




