16・谷の秘密2
セイネリアの返事を聞いて、キェルデの表情が落胆に変わる。当然だがだからといって、セイネリアには少しも同情の気持ちは湧かなかった。
「俺は安定した仕事なんてものは求めていない。むしろ、よりおもしろい事が起きそうな仕事をしたい」
「それならこの仕事だって、毎回どんな奴がいるか分からなくてスリルはあるぞ」
「何に会うかだけの違いだろ。それ以外は同じ事の繰り返しだ、経験として得るものは少ない。違うタイプの仕事をいろいろ経験した方が、身に着くものも多いし、知識も人脈も広がる」
目に見えてがっくりと項垂れたキェルデが、そこでこちらに聞こえるくらい大きくため息をついた。
「ま、そりゃな、多分だめだとは思ってたけどよ。……だが折角、俺と同じ奴がいたと思ったら諦められなくてな……」
「俺については諦めてくれ」
キェルデが頭をがしがし掻きながら投げやりに返してくる。
「わあったよ、ただ谷と魔力の話は他には黙っててもらえねぇか?」
冒険者事務局の方で公表できない事情がある――と先ほど言っていたのを聞いていたから、口止めするのは仕方ないのだろう。
セイネリアは考える。この男は一度下見として谷に行って、谷の影響を受ける者を確認した。谷の影響が出た者に対しても安全を確保できるよう考えていたとは思える。事情を話せないから隠してはいても、メンバーの安全には気を配っていた、と考えてもいいだろう。
……何かいる、と分かったあとに姿をみたいと言い出したのだけは安全上まずくはあるが、落石がなければそれが危険とは言い切れなかったから、そこは大目にみれなくはない。
「分かった、あんたがメンバーを裏切るような行動をしない限りは黙っておく」
は、と声を吐き出して嫌そうな顔をしたものの、キェルデも納得はしたらしい。
「あぁ分かってるよ、それでいい」
セイネリアがキェルデに連れられて部屋を出て行った後、示し合わせたように同時に三人は起き上がった。三人というのは勿論、エル、マルカン、タダックだ。新人二人は相当に疲れたのかぐっすり眠っている。
危機感ねぇな――と思いつつ、彼等が疲れてるのは良く分かっているので、今回は安全だし寝かせてやるか、とエルは思う。冒険者として慣れてくると、傍で人が動いた気配がしただけで目が覚めるようになるものだ。特にこいつは怪しいな、という人間がいる場合は気が張っているから深い眠りになんてつけない。
「さて……どうする?」
言ったのはマルカンで、エルを見てだ。エルがセイネリアと仕事をした事があって少なくとも皆の中で一番あの男を知っているからだろう。
「ここで俺らも出ていったら話は中断で、胡麻化されて終わりだろうな」
だからついていかない方がいい、というのがエルの判断だ。
「つまり、セイネリアという男はそれくらい信用出来ると言う訳か?」
今度はタダックが聞いてきた。
「信用っていうかな、あいつはすっげープライド高いから、そのプライドに掛けて自分にケチがつくような事はしねぇよ。だから受けた仕事は果たすし、裏切りはしない」
「成程、だからキェルデが何を考えているのか、彼に聞いてもらった方がいい、という事か」
「そういう事。もしキェルデが俺たちに害のある提案をあいつにしたなら、あいつは後でこっちに教えてくれるなり、阻止するなりしてくれっと思う。何も言ってこなかったら、仕事を進める上で問題ない話だったって事だと思うぜ」
タダックとエルの話を聞いていたマルカンが、そこで呆れたように言ってくる。
「まぁ、見て分かりはするが……そんなにプライドが高いのか?」
それには力を込めて言い返す。
「絶っっっ対に他人に膝を折りたくないってタイプだよ。あぁいや、見せかけだけならやれるだろうけど」
あぁうん、従ったふりをするくらいの融通はきくだろうが、人の下には絶対つけない人間だとエルは思う。
「脅しでも金でも権力でもあいつを動かすのは無理だし、言いくるめられるような頭の悪い奴でもない。少なくともキェルデみたいな小物がどうこう出来る人間じゃねぇよ」
エルが言えば、今度はマルカンがぷっと吹き出した。
「小物か。言いたくなる気持ちは分かるが一応、上級冒険者だぞ。対するセイネリアは冒険者としてはまだ日が浅い駆け出しだ。皮肉が過ぎるね」
確かに小物発言はただの皮肉だが、現在の肩書なんか無視して人間としての器を見ればどっちが大物かなんて誰が見ても分かる。
「はん、どうせすぐ実際の立場だって逆転するだろ」
「随分彼を買ってるんだな」
それにはマルカンの顔をじっと見て言ってやる。
「死が見えてるような絶望的な戦いの中で、あいつの姿を見たら皆そう思うぜ」
タダックが珍しく、そこでははっと声を上げて笑った。
「確かに、エルがそう思う片鱗くらいは俺も見せてもらった。ならキェルデの話は彼に聞いてもらう事にして、俺たちは寝るとしようか」
だからエル達はそのまままた横になり、寝る事にした。やがてセイネリアとキェルデは話が終わって帰って来たが、勿論そのまま寝たふりをした。おそらくセイネリアと、多分キェルデもこちらが気づいて起きている事は分かっているだろうが、翌朝起きてからも誰もその事については何も言わなかった。
次回は翌朝、出発前。




