4・団の平和
これで今回の番外編は終了です。
平和な午後。仕事が入っていない団員は休憩しているか出かける者が多いが、ずっと自主訓練をしている者も多い。特に自分の腕が団内の平均より劣っていると自覚している者は、仕事以外はひたすら鍛えているような向上心のある人間ばかりだ。
そんな連中でも夕方近く、一般人の仕事終了を告げる鐘が鳴る時間になれば訓練を止める。そこから部屋に戻る前に暫く休憩するのがお約束で、そうなると当然誰ともなく雑談が始まる。
「しかしウチの団の何がすごいって……特に団内に規則やら罰則やらないのに、まるで規則ぎちぎちの軍隊みたいに命令に忠実で問題起こさないってとこだよな」
そうすればさも当然というように、他の団員が言う。
「そらお前、うちのマスターはあのセイネリア・クロッセスだぞ」
それで皆苦笑いをしつつ同意をする。
「んでちゃんと組織としてもしっかりしてる。マスターが頂点で皆が恐れる分、俺らとの間にはエルやカリンさんがいて仕切ってくれるし、飯や寝床が与えられるのは勿論、装備のための補助や、訓練するための施設、体の具合を見てくれる医者までいる。報酬も十分、目立った成果があれば特別報酬だってある、この待遇でここを追い出されたくはねぇよ。それにまぁ皆、絶対にマスターを怒らせたくはないからな」
「確かに」
黒の剣傭兵団の一般団員達の認識として、絶対的なトップがセイネリアなのは言うまでもないが、幹部と言えばカリン、エル、クリムゾンの3人、そして幹部ではないが幹部連中と対等に話せるくらいの扱いが医者のドクター、クーア神官のエデンスである。それから一般団員というよりおそらく幹部の知人として所属していて、直接幹部連中の指示で動いている準団員のような扱いがラダー、ロスターというところだ。
幹部連中に対しては当然、上の人間という認識があるし、ドクターやエデンスは特定の役目があって世話になるためやはり一般団員達より上の扱いとなる。ラダーやロスターは現状冒険者としての仕事に出る事は滅多にない上、出る場合も戦力としてではないので皆の認識としては雑用役だ。ただ勿論、だからといって下っ端としてこき使ったり見下したりする者はいない、そんな事をすればマスターの怒りを買うのが分かっているからだ。
とにかく、セイネリア・クロッセスの不興を買いたい人間はいないため、特に規則で縛ったり罰則を設けなくても団員間で大きなもめごとが起こる事はまずないし、団内は当然として仕事先や街中でも団員達の素行はいいと評判である。
「って事で、団の名前を出すと信用はしてもらえるんだけど……なんかひかれるんだよな」
「ひかれるってか、そらぁ怖がられてるんだよ」
「そそ。関わりたくないって顔されるだろ」
「ウチの人間数人で歩いてると、道を開けて貰えるくらいだからね~」
最後の言葉を発した男を見て、皆がはははと乾いた笑い声をあげる。
「なにせウチの看板であるマスターの噂がアレ……だからなぁ」
それには皆の顔が軽く引きつる。セイネリア・クロッセスといえば『奴に逆らうな、逆らえば死ぬより恐ろしい目に合う』という噂が有名過ぎる。善良な一般市民ならへたに関わりたくないと思って当然だ。
「でもさ、そんだけ怖がられてても仕事でいくとすごい有難がられて、かなり重要な役任されるんだよな」
「だから、ウチは能力もだけど信用がかなり高いんだよ。用がなければ関わりたくなくても、仕事で頼むのならウチ以上に信用出来る傭兵団はねぇって言われてる」
「ま、実は団員には結構ヤバい経歴のもいるけどな」
「でも……どんだけヤバいって言われてた奴でも、ウチの人間でマスターの顔に泥塗るようなマネできる奴ぁいないだろ」
それには全員の、だよなー、という声が重なる。
どんなヤバイ経歴があっても、ここのエンブレムをつけて団の恥、つまりセイネリアの恥になるような事を出来る人間はいない。
「クリムゾンさんとか……前は相当ヤバかったって話ききますよね」
「あー……一人だけ生き残ってたってパターン結構あったらしくて、いろいろ悪い噂になってたみたいだな」
冒険者をしていて『仕事で一人だけ生き残る』というパターンが複数あれば必ず悪いうわさが立つ。たくさん仕事をしている中の1,2回なら運が良かったで済むが、あまりに頻繁にあると手柄を独り占めするため、もしくは都合の悪い事を隠すために仲間を殺したと疑われる。そこまでいわなくても仲間を見殺しにしたんじゃないかと噂されるのは確実だ。クリムゾンの場合は腕と性格からよく疑われていたらしく、余程余裕があるか大人数の仕事でもないと誰も一緒に仕事をしたがらなかったという話だ。
「え? そうなんスか? そらーなんか不気味な人ですけど、仕事に行くとちゃんと助けてくれますし、一番危険なトコやってくれますよ」
「だよな。こっちの訓練にもたまに付き合ってくれるしな」
「まぁ、ちょっと……うまくできなかった時はむっちゃ冷たく睨まれまれて怖いですけど」
「そらぁこの団の中じゃ、マスターの次に怖いからな」
それには皆同意の声が上がって笑うが、その中で割合年上の、この団に入る前のクリムゾンを知っている団員がしみじみ言う。
「クリムゾンっつったら前は本気でヤバイ要注意人物だったんだよ。でも今のあの男はマスターに心酔してるからな、絶対マスターの不利益になる事はしないって訳だ」
「あー……そうですねぇ」
最近はそうでもないが、ちょっと前まではセイネリアの傍に常にいたし、なによりクリムゾンのセイネリアに対する態度だけでどれだけ信奉しきっているのか誰でも分かる。結局、クリムゾンを団員達が怖がりながらも仕事では信頼しているのは、彼がマスターにとってマイナスになる事は絶対しないと分かっているからだ。
「でもまぁ、マスターも……考えれば不思議な人ですよねぇ。あれだけ強くて恐れられてても、実際普通の連中が恐れるような『悪い事』ってやってないスよね。そりゃぁマスターにひどい目にあわされた奴は徹底的にやられてますけど……それって全部向こうが悪かったってパターンでしょ」
それは団に入ってから団員達が皆思った事だ。セイネリアはその存在だけでとてつもなく迫力というか圧があるが、彼が理不尽な命令や暴力を振るう事はない。勿論怒らせたらヤバイがそもそも部下相手に彼が怒号を浴びせるところなんて見た事がない。というかどこまでも冷静だからその場の感情で動かないし、報復だってあくまで冷静に、計画的に、みせしめの為に徹底的に残虐に見えるように行われた。人が聞いただけで震えあがるような事を冷静に平然と出来るのがセイネリア・クロッセスの恐ろしいところである。
「まぁな。ただまぁ、その徹底的にやる時が本気でヤバイからな……」
「なにせ『死ぬより恐ろしい目に会う』だしな」
それには皆でまた乾いた笑いが出たが、一人がぽつりと。
「ま、エルが言うにはマスターは後ろめたい事がないなら何も怖くない、だとさ」
その一言で皆黙った。それから各自暫く考えるだけの間があって。
「確かに……そうなのかもしれないがよぉ」
一人が複雑そうな顔でやっとそれだけいえば、先ほどエルの言葉を伝えた男が咳払いをして、今度は口調をマネて言う。
「『あいつはあれで部下の言葉遣いとか気にしねぇし、どんな下っ端の話でもちゃんと聞いてはくれるぞ。あ、見苦しい言い訳だとか、ごまかしやおべっかとかはなしな。ちゃんとした『意見』ならたとえあいつに対して否定的なモンでも話だけは聞いてくれるし、怖がってないで直接話してみればいいだろ』だ、そうだ」
そこで皆また黙る。今度は顔を引きつらせて。それから全員で声が揃う勢いで一言。
「無理だろ」
と言ってから顔を見合わせ、それぞれ一斉に話し出す。
「いやなんでエルはマスターにあんな風に普通に話しかけられるのかわからねぇ」
「マスターが怒って怒鳴るとこはみたことねぇけど、エルはよくマスターに怒鳴りつけてるよな……よく出来るわ」
「エルってもしかして無茶苦茶怖いモノ知らずなのか?!」
「アッテラ神官の修行はすげぇ大変だって言うしなぁ……」
各自それぞれ一気に思うところを口に出してから顔を見合わせるのだが。
「ま、慣れなんだろうけどよ」
と一人が言えば皆頷いた。
「いやでもあれに慣れって……すごいよな」
「マスターが駆け出し冒険者だったころに知り合ったっていうから……その頃は今程怖くなかったんじゃないか? その頃から徐々になら……慣れるの、かも」
だが彼等はそこで、今よりも怖くなくて強くもなかった初々しい駆け出し冒険者のセイネリアの姿を思い浮かべる事が出来なかった。暫く各自想像してみたものの、やはり無理で頭を抱える。どんな人間でも、最初から強かったわけではなくて当然なのだが、どうにもセイネリアの弱い時代というのが思い浮かばない。
その中、一人が考えるのを放棄して投げやりに呟いた。
「……ってかよ、マスターとエルって性格正反対ってくらい違うだろ、そもそも一体どうやって組む事になったんだろうな」
それに続けて、また各自がそれぞれ思った事を口に出す。
「絶対マスターの性格なら、エルみたいなタイプを鬱陶しがるんじゃね」
「あー、分かる分かる、『なんだこいつは』って感じで睨まれるのがすごく想像出来るわ」
「マスターにそんな顔で見られたら、俺なら絶対二度と近づこうとは思わないだろうな」
それには全員が同意をして頷く。
この傭兵団には謎というか、皆が不思議に思う事がいくつかあるが(その中の大半がセイネリアについてである)、エルとセイネリアがどうやって組む事になったのかもその一つである。ただどう考えても性格的にセイネリアの方からエルに声を掛けたとは思いずらく、そこはエルからだろうと思っているのだが……それにしても、あのセイネリア相手に睨まれても組むのを了承されるほど粘ったと考えると自然と尊敬の念を抱きたくなる。
「ったくよー、いいじゃねーか、一応神官服なんだからよ」
そこで今まさに話題の人物の声が聞こえて、皆そちらに目を向けた。ただ見た途端、エルの隣にいるのがセイネリアだったため、彼らは反射的に慌てて立ち上がると姿勢を正してしまった。
「向こうが言うには、肌の露出が過ぎるとさ」
「アッテラの神官は、鍛えた体を見せるのが普通なんだよ!」
「……相手がジジイだけならまだいいが、夫人が一緒となるとマズイだろ」
「だっから、金持ちとの食事会なんざ嫌なんだよ!」
どうやらどこかの偉い人間と食事する事になったのか、エルが神官服の上にちゃんと上着を着ている。いつもの神官服は胸も背中も大きく開いているため、上着を着る事になったというので文句を言っているらしい。あの、セイネリア・クロッセス相手にだ。
かなり距離があるから彼らがこちらに気づいたのか気づいていないのかは分からないが、ともかくエルが一方的にセイネリアに文句をいいながら二人はそのまま門の方に歩いていってしまった。
彼らの姿が見えなくなってからやっと緊張を解いて、皆はその場で大きく溜息をついて座り込む。そうしてほっとする中で、一人が呟いた。
「やっぱエルって、すげぇわ」
ただ単にセイネリアと話してるだけで尊敬されるエル。
そんな感じで、外からは怖がられているものの団内は割と平和です。セイネリアが見えると皆緊張がすごいですが。
今回はただの日常話なので、内容は気楽な感じで。何かネタを思いついたら、また日常話を書くかも。次はエル以外中心でかな。