82・真実を知れば
この長い番外編もこれで最後です。
そこから10日経って、セイネリアのもとへ魔法使いからの手紙が届いた。それより2日前にワラントの方から報告は受けていたから、殆どの内容は先に分かっていた事ではあったが。
ディスティナンの連中は、当然ながら本国から彼女の傷が本物かどうか確かめろという命令を受けたようだった。向こうも魔法使いの能力を知っていただけに、居場所を知らせたらずっと見張られていたらしい。ちなみに魔法使いのあの術は聖夜祭前後なら丸一日もつが普段はその半分近くしかもたないそうで、ディスティナンの者達はそれを知っていたから掛けなおしにいかないか見張っていたのだろうと魔法使いは言っていた。
もっとも、ワラントの用意してくれた彼女の部屋には外へ出られる抜け道が用意されていたから、彼らに気づかれる事なく掛けなおしは出来ていたのだが。
アードにつけていたワラントの部下からの報告でも、ディスティナンの人間を何度も見かけたとあった。それもあってルーテアの術が掛かっている間は、意図して窓に隙間がある状態で仮面を取って傷があるのを見せていたそうだ。
勿論最初から定期的に術の掛けなおしが出来るよう、ワラントにはルーテアと魔法使いが会う部屋から掛けなおしの間の身代わりの人間まで手配してもらっていた。まったく、今回は本当に彼女に借りを作りすぎた。
――それもやっと終わりに出来そうだ。
ベッドに座って手紙を読みながら、セイネリアはそう考えて思わず苦笑する。
今回の魔法使いの手紙内容は、ディスティナンの連中が本国に帰るのを無事見送ったという報告だった。魔法使い自身はクリュースに残る事にしたそうで、リシェに家を借り、引っ越しも終えたという事だ。
ユラドから来た連中も、アードとルーテア以外はドートーの船に乗って帰ったという話がドートーとワラント、それにアードやディタルからそれぞれ手紙や伝言で入っていた。ワラントにはもう暫くアード達の様子を見ておいて欲しいと言ってあるが、それもそこまで長くは必要ないと思っている。
「まったく、思ったよりも長い仕事になったな」
言いながらベッドサイドのテーブルに手紙をおけば、その手紙を朝一で持ってきたカリンが笑いながら水入れを持ってやってきた。今は仕事が入っていないのもあって、セイネリアはここ暫くワラントの館――正確にはカリンの部屋に泊まって、大量に作ってしまった『借り』を返すために、ワラントの仕事や、他にも力仕事等があれば手伝っていた。
「アードと姫君の方も順調そうな話しか入っていませんから、これで安心ですね」
「そうだな……」
呟いてから、セイネリアは口元に人の悪い笑みを浮かべる。
「あの騎士様に関しては、ここからいろいろ情緒的に大変だろうがな」
「何がでしょう?」
「彼女の顔の傷についてだがな、あの騎士様に真実を打ち明けるのはディスティナンの連中が帰って、術の掛けなおしを止めてからという事にしてある」
つまり、そろそろ彼女がアードに真実を打ち明ける筈である。
ディスティナンの連中を騙し切るため、あとはルーテア的にはあの男の本心を探るためもあるのだろうが……アードには連中が本気で諦めるまでは傷は本物だと思わせておく事にしていた。彼が彼女に真実を告げられた時の反応は見物だろうが、だからといってへんに探りを入れたり、わざわざ見にいく気は毛頭ない。
「……さて、やっと次の仕事を入れられる。今日は紹介所に行ってくるから、ワラントにそう告げておいてくれ」
言うと同時にベッドから立ち上がると、セイネリアは軽く首と腕の筋肉を解した。
「はい、承知いたしました」
カリンがセイネリアの着替えを持ってきてベッドに置く。それを着ている横で、彼女は朝食の準備を始めた。
貴族やら金持ち絡みの面倒な仕事を連続で受けたくはないから、次の仕事は気楽な害獣退治でも探すかとセイネリアは考えて……ただそうなると、あのアッテラ神官とまた会いそうだなとすぐに思う。
――まぁ、それもいいか。
セイネリアは薄く唇に笑みをひいた。
あのアッテラ神官が『使える』人間である事も、仕事仲間として信用出来る事も分かっている。やけに馴れ馴れしいからどうにも面倒に思っていたが、少なくとも仕事をする上でメリットが多い人間である事は確かだ。
おそらく、この心境の変化は、今回の仕事が影響しているのだろうとセイネリアは思う。
冒険者として仕事をする上で『仲間』なんてものはその時だけのものでいいと考えていた。へたに関わりが深くなってしまうとあとで足枷になる可能性もあるし、仕事ではその時の相手に合わせて自分が出来る最善を尽くせばいいとしか思っていなかった。だが、ディタル達くらい互いの動きを分かって連携を取れるなら、それはそれで面白そうだと思ったのだ。
――次に奴に会ったら、どういう意図で仕事を合わせているのか聞いてみるか。
「そういえば、あの時……」
そこで背後からカリンの呟きが聞こえてきたから、セイネリアは思わず振り返る。見れば彼女は、口を手で押さえて申し訳なさろうな目でこちらを見ていた。
「何だ? 気になった事があるなら聞いていいぞ。答えるかどうかは別として、聞くだけは聞いてみろと言っただろ」
彼女は少し迷ったような顔をしたが、それでも躊躇いながら聞いてきた。
「……あの、酒場前でアードと別れた時、貴方は何かいい掛けて止めたではないですか。あれは……本当は、言おうと思った事があったのを言わなくていいと思い直したのではないでしょうか?」
その質問内容に、思わずセイネリアは軽く喉を揺らす。確かに、あの馬鹿真面目な男なら言葉通りに受け取って疑わないだろうが、普通は不自然さを感じて当然だ。
「まぁな、お前が思った通り、言いそうになったが、それは俺から言わない方が面白いだろうと思って言うのを止めた」
「……何を言おうとしたのか、聞いてもよろしいでしょうか?」
カリンがそんな事をわざわざ聞いてくるのは珍しい事だ。もしかしたら、彼女はあのユラドの姫君と騎士の二人に対して情が湧いてしまったのかもしれない。
「あぁ、構わんぞ。……何、言おうとしていたのはな、ルーテアはまだ生娘だという事さ」
「え?」
聖夜祭の時、連れていくのに彼女を抱き上げた時のその反応で、セイネリアはそれを確信した。彼女の立場からすればあり得ない筈だが、それだけドートーが彼女に本気で惚れていたという事でもある。
「ドートーは相当彼女を大切にしていたから、彼女が成人するまでは手を出さないでいてやるつもりだったのだろう。……ま、だから、奴が手放すのを決めた後に実はいろいろ面倒だったんだがな」
いくらドートーが彼女を大切にしていたと言っても、手を出さないでいられたのは彼女が自分のものでいつでも好きに出来る状態だったからだ。だからこそ手放すとなれば黙ってお預けをくらったままでいられるものじゃない。とはいえドートーは彼女に嫌われたくはないだろうから無理やりは出来ない。仮面の事もそうだが、いいイメージのまま別れておけば何かあった時にまた自分のもとに……という気持ちを持たせて、ドートーには最後まで手を出させないようにした。ドートーに金を返す時には、直接彼女が持ってくるという取り決めにしたのも、彼に僅かな希望を残すためだ。
勿論それだけではなく、ドートーにはセイネリアが、ルーテアにはアンナが常について出来るだけ離れないようにして見張ってもいた。そのためアンナだけにはその事情を話しておいた。
「おそらく、あのクソ真面目な騎士様は、傷の事を打ち明けられた時にそっちの真実も一緒に知る事になるんじゃないか?」
ディタルやセルパはその手の事に察しが悪いが、きっとアンナや爺さんが邪魔が入らないようにしてくれるだろう。
次に会った時、彼らの表情がどう変わっているのか見るのが楽しみだとセイネリアは思った。
想定外に長くなりすぎましたが、どうにか無事最後まで終わりました。そんな訳で以降はこの番外編全体の反省会です。だらだら言い訳してますので興味ない方はスルーで。
書いてる時からこの話は構成失敗したと何度も言っていた通り今回は反省点が多すぎました(==;;
えー、まず書くにあたって『本編後半は書けなくなったセイネリアの冒険譚』を書こうと思ったのは良かったのですが、一言で言うとつめこみすぎました。
今回の番外編は『この国の奴隷制について書こう』から話が出来た訳ですが、そこへ『セイネリアが固定パーティも悪くないと思うようないいパーティと組む』という内容と『カリンが少し自分で考えて動くようになる』というのと、更に『聖夜祭の説明』まで詰め込んだので、無駄に話が長くなってしまいました。
それでストーリー的な構成も、ずっと屋敷内の話だったので事件が起こるまでの前半は情報を探って新規キャラの紹介して……という地味な展開ばっかりになって、事件が起こってからはバタバタしっぱなしになるという(==;;いや本当に……話の構成的にひたすら前半は退屈で、ヤマになりそうなシーンは全部後半ってやり過ぎました。短い話ならその構成でもいいんですけどね。普段なら前半部分にもちょいちょい戦闘や緊迫するシーンを入れて調整するのですが、今回は祭りが始まるまではひたすら状況固めばっかでしたから……。
とりあえず、一番の失敗原因はパーティーメンバーの話を入れた事だと思っています。
今になって見直すと、セイネリアが単身でドートーに雇われたって話にすれば、文章量少なくとも3、4割は減らせたなと。新規キャラが増えるとその分の紹介&見せ場いれるんでがっつり文章量増えるのは仕方なく……パーティ話なければ特に前半のキャラ紹介も兼ねた状況確認的なシーンが大分削れるのが大きかったなぁと。
最後にユラドの2人を向こうのパーティーに入れる展開にしようって思いついたせいでパーティの話も入れたんですけど、ワラントの部下を1,2人ちゃんとキャラ立てしとけばどうにかなりましたね。(今回は文章量を削るためにあえてワラントの部下やドートーのところの警備隊長とか、あまりキャラ立てせず流してます)
と、そんな訳で長々書きましたが、次回以降の番外編はこの反省を踏まえてテーマは1つに絞ってもっとコンパクトに纏まるようにします。本当に……なんで番外編がこんなに長くなっちゃったんだか……。
とりあえず、前半の展開は少々まだるっこしかったと思いますが後半は書いてる側もかなり楽しんで久しぶりの戦闘シーン書いてたので、読まれた方も楽しんでいただけたなら幸いです。
次回は2,3話くらいで終わるように、今回出番なかったエルの傭兵団での日常話でも書こうかな……。