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黒の主  作者: 沙々音 凛
【番外編:或る女の願い】
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81・礼

 外に出れば日はもうほぼ落ちていて、空は青色から濃紺のグラデーションに覆われていた。

 この時間になれば人気酒場はどこも空き席を探さなくてはならない状態で、セイネリアが今出て来た酒場もほぼ満席になっていた。おかげで周囲が騒がしすぎてゾーネヘルトとの会話はディタル達には聞こえなかっただろうし、セイネリアが先に店を出ても気づかれずに済んだ。

 ただ、店を出るとすぐ近づいてくる人影があって、セイネリア達は足を止めた。


「はぁい、今のところは誰もつけていなそうよ」

「そうか、悪いな」

「いいわよぉ、婆様があんたには貸せる時に貸しを作っておくって言ってたし」


 一応まだユラドの連中をつけている者がいる事を考えて、暫くの間はワラントに頼んでアードの周りを見張ってもらう事にしていた。魔法使いの当分の居場所についても結局はワラントの世話になったし、今回はあの女ボスに相当の借りを作ってしまった。そのうちまとめて返す必要があるなと思うが、彼女への借りはプラスになるところもあるので問題ない。

 ただ、女ボスへの礼の言葉を返そうとしたら、今話していたワラントの部下である女はふいに違う方を見て、まるでこちらとはただの他人のようにその場から離れていってしまった。その様子で事情を察したセイネリアは、軽く辺りを見渡した後に今出て来た酒場の方へ振り向いた。案の定、こちらへ向かってくる人影が見える。


「待ってくださいっ」


 それはアードで、セイネリアは仕方なく体ごと彼の方を向いた。


「良かった……いつの間にかいなくなっていたので……」

「俺はもう、用事がないからな」

「いや……さすがに、礼も言えない内に消えるのはやめてください」


 気づいてから急いでやってきたのか、彼は少しだけ息を切らしていた。そこから姿勢を正して、目を閉じて片手を胸に置くと彼は軽く頭を下げた。


「ルーテア様の事、パーティの皆の事、すべて貴方が手をまわしてくれたと聞きました。本当に、何から何まで、どれだけ礼を言っても足りません」


 真面目な男のその姿に、セイネリアは少し思いついて言ってみた。


「だが彼女の傷に関しては止められなかった」


 アードはそこで目を開いてこちらを強い目で見て来た。


「いや、それは……聞けばあれはルーテア様自身が選んだ事だといいますし、貴方に非はありません。それに正直……私はほっとしているところもあるのです。あの方は、幼い頃からあの美貌のせいで自由もなく、常に自身を利用する事ばかりを考えておられた。そこから解放されたあの方は本当に生き生きとしていて……それが、嬉しいのです」

「そうか、それを聞いて俺も安心した」

「さすがにこれは、ルーテア様本人には言えませんが」


 いや、言ったら喜ぶだろうがな――という言葉は言わずに心の中だけにして。傷の真相を知った時のこの男の顔が見ものだと思う。


「そういえば、彼女だが……」


 言いかけて、すぐに口を閉じる。思わず出てしまいそうになった言葉があったが言わない事にした。


「ルーテア様に、何か、あるのでしょうか?」


 彼女の事となれば真剣な目をする男に、だがセイネリアは軽口で返した。


「いや、言い忘れた事があった気がしたんだが、大丈夫そうだ」

「そう、ですか……」


 それで少し不安そうな顔をするアードだったが、へんに疑って深堀するような男でもない。


「あんた達が冒険者になるなら、その内また会う事もあるだろうし、仕事でも組む事があるかもしれない。もし何か言う事があったとしてもその時で構わないさ。ま、それまでにせいぜい慣れて腕も上げておいてくれ」


 言って片手を軽く上げれば、それが別れの挨拶だと分かったアードはまた目を閉じて胸に手を置いた。それでセイネリアも彼に背を向け、カリンと共に歩きだした。


 冒険者になったばかりの人間は、最初の方で組んだ人間の良し悪しでその後の人生が大きく変わる。特にこの男のように大真面目で世慣れしていない人間など、最初に組んだ人間に悪意があれば騙されて利用され、そこで人生が終わるケースが多い。逆にいい人間と組めれば、そこでいろいろ教えて貰って以後は実力なりに冒険者としてやっていけるようになる。

 出だしで組むのがディタル達なら、あの2人が冒険者としてそれなりにやっていけるようになるのは疑いない。期待はしていないが、何かのめぐり合わせで彼等に恩を返してもらう事もあるかもしれない。


――確かに、他人に対して情などない割にこの考え方は矛盾しているのだろうな。


 そうは思ったが、やれるだけの事をやって別れた今の気分は悪くなかった。


残り一話、かな。

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