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黒の主  作者: 沙々音 凛
【番外編:或る女の願い】
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80・謝罪

 太陽が沈みかける時間になれば、酒場は人が多くなってくる。それでも隅の方の席を取っていたためこちらは目立たずにはすんでいた。というか、この時間になってくれば周りも皆酒が入って騒がしくなっているから、一見楽しそうに酒を飲んで話しているだけのこちらを気にする人間などいない。


「まったく、うまくやったもんじゃねぇか」


 そうセイネリアに声を掛けてきたのはリパ神官のゾーネヘルトだ。

 新加入した2人に質問が尽きなくて、パーティの他の連中は皆彼等の傍に行って話を聞いている。それに参加していないせいでテーブルは同じでも離れたところで、老神官とセイネリアは静かに酒を飲んでいた。カリンはセイネリアのすぐ横にいるが、面子的にも知り合いがアード以外はほぼいないため会話には基本、参加していない。


「たまたま状況的にどうにかなりそうだったからな、俺はそれぞれをちょっと誘導してやっただけだ。ただ、あんたにだけは少し申し訳なく思ってる」

「……は? 何をだ?」


 ゾーネヘルトはまったく意味が分からないという顔でこちらを見てくる。


「あんたの神官としての腕にケチをつけるような事になったろ」


 そう言われて初めて思い当たったようで、老神官は面倒くさそうに溜息をついた。


「あぁ、俺が傷を綺麗に直せなかったって話か。……ふん、老い先短いジジイが今更外野に何を言われようと気にならんさ、組んでるこいつらが分かってくれてりゃそれでいい」


 言って笑いながら老人は酒を少しだけ飲む。酒は好きなようだが量は飲まないらしく、彼は先ほどから『ちびちび』という言葉が似合う飲み方をしていた。


「それに分かってる奴なら、傷跡が残ったって聞いた段階ですぐに治癒を掛けられない状況だったんだろうって思うだけだろ、ケチ付けて来たほうが馬鹿にされる。ってか、そんな細かい事までお前が気にしてるとは思わなかったぞ。案外気ィ使うじゃねぇか」

「単に、あんたのせいにして丸く収めたってカタチは後味が悪いと思っただけだ」

「そうか」


 一応この老人に謝っておきたかったので、それが出来ればここに長居する必要はない。アードを呼び出してディタル達と会わせるまでが自分の役目だ。あとは彼等に任せて問題ない。これを飲んだら帰るかと思って残った中身を全て飲み干し、セイネリアは口を拭う。だが椅子を引いたところで老人から引き止められた。


「そういや、ドートーが報酬に追加までつけてくれてやけに上機嫌だったそうだが、お前さん何かやったのか?」


 にやにやと含みのある笑みでこちらを見ていたから『何かした』事については確定だと思っているのだろう。


「正確には俺がやった事で機嫌がよくなった訳じゃない。彼女が屋敷を去る時、ドートーが彼女にあの仮面を渡して、それに彼女がかなり丁寧に礼をしたからだ」

「へぇ……」


 セイネリアがやったのは、ドートーに彼女の仮面を作ってやるよう提案した事くらいだ。彼女は今後冒険者として顔に傷があるものとしてやっていく事になる、だからそれを隠すための仮面が必要になる。それをドートーが餞別として作ってやったとなれば周りの彼に対する評価が上がる上に、彼女はその仮面を使っている間はドートーの事をずっと忘れず感謝するだろうと。更には彼女に未練があるドートーに、仮面を彼が作って渡す事で彼女が自分のものだったという証にもなると言ってみた。

 そうして彼女と別れる日、ドートーが仮面を彼女に渡すと、彼女はドートーに深く礼をし、この恩を忘れないと告げた。それから最後に、ドートーのためだけに感謝の歌を歌ったのだ。


「実際、ドートーは商人としては優秀で、彼女に対しては本気で惚れていて誠実だった。見返り、とまではいかなくても、気持ち的に多少救いがあってもいいだろ。それに後味よく終わっておけば、何かあった時にこの縁が役に立ってくれるかもしれない」


 言うと、さっきからずっとにやけ気味だった表情を消して、老神官は未だ質問で盛り上がっているディタル達を見ながら口を開いた。


「お前さんは面白いな。他人なんかどうでもいい、実際他人に対して興味なんかなさそうなのに、他人との縁を作っておく。矛盾してやしないか?」

「実際矛盾してはいるかもな。俺は望むものは自分の力で掴み取る主義だが、自分の力だけでなんでも出来るとは思っていない」

「ふん、お前さんの若さでそれだけの力があると、なんでも出来る気になるモンだがな」


 意地の悪い笑みと共に、老神官はまた酒に口をつける。


「幸い、自分より上だと思える人間に負けた事も、自分の力でどうにも出来ない苦い思いをした事もあったからな。己惚れ過ぎずに済んでるのかもしれない」


 ただ、セイネリアのその言葉を聞くと、老人の顔から笑みが消えた。


「それを『幸い』と言えるあたり、お前さんはやっぱたいしたもんだ」

「『幸い』だろ。そういう目にあってまだ生きてるって事は」


 その返しには、ゾーネヘルトの顔にまた笑みが戻る。


「そりゃぁ確かにな。生き残りさえすりゃ、負けたり失敗した後が人間一番成長出来る」

「そういう事だ」


 言ってセイネリアは今度こそ店を出るために席を立った。


次回、こうして店を出たセイネリアに声を掛けてきた者が……。

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