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黒の主  作者: 沙々音 凛
【番外編:或る女の願い】
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79・酒場にて3

「ルーテ……」


 名前を呼びそうになって、あわててアードは口を両手で押さえた。彼女は間違いなくルーテア姫だった。ただし、顔の左側だけを隠すような仮面をつけている。


「あ~ら、結構いい感じじゃない」

「そうですか、冒険者らしく見えますか?」

「みっえるわよ、どう? 動きやすいんじゃない?」

「はい、とっても動きやすくて、これなら木登りだって出来そうです」

「おぉっ、木登りが出来ンなら、山道でも俺達についてこれそうだな」


 他の連中は当たり前のように彼女を受け入れていて、自分だけが事態を分かっていなかったのかとアードは呆然とする。ただ、彼女がここにいて彼等の仲間になるという事は、つまり彼女がドートーから解放されて冒険者になったという事で、ならば自分は約束通り冒険者になった彼女を迎えに行って……いや、この場合は彼女の方からきた訳で――そこまで考えたらこの状況も理解出来て文句をいう気は微塵もなくなった。


「まったく……」


 それでも一言二言、言ってはおきたくて黒い男を見れば、彼はすましてまた新しい酒を頼んでいた。ついでに皆も口々に追加の注文をして、勿論カリンとルーテアの分の飲み物も注文していた。


「はい、こっちこっち~」


 先ほどまで隣にいたアンナが椅子をずらして一人分の空間をあけ、そこに別の空きテーブルから椅子をひっぱってきて置いた。そこへルーテアが座ったのを見ていたら、何故だか目頭が熱くなってしまってアードは困った。


「どうしました?」


 ルーテアが、かつて国にいてこちらを揶揄う時によく見せた笑みを浮かべてそう聞いてくる。アードは懸命に涙をこらえながら、表情を引き締めた。


「いえ……迎えに行くのではなく、貴女から来て頂く事になってしまったな、と」

「確かにそうですね。ですが、ただ迎えを待つ私ではない事は貴方も知っているでしょう?」

「はい、そうですね」


 それには笑って返せば、彼女はちらと黒い男を見て困ったような顔をしてから、その顔のままこちらを向いた。


「この、仮面については何も聞かないのですか?」

「あ……いえ、単に顔を隠すためかと」

「実は私、この下に大きな傷を負ってしまったのです、そのせいでドートーの奴隷を辞める事になりました」


 彼女の声は真剣だった。だがそれを聞けば何故ここに彼女がいるのかという疑問はなくなる。彼女はその美貌のためにドートーの奴隷となった、だからその美貌が損なわれて奴隷として傍に置く意味がなくなったという事だ。


「酷い傷跡が出来てしまいました。ドートーはそんな私の顔を見ているのが辛いと言って、冒険者になりたいと言う私の希望を叶え、解放してくれたのです」

「そうですか……」


 美貌がなくなったから用なし、という訳ではないのだと分かれば、ドートーという人間も悪い人間ではない――少なくとも、本当に彼女を思っていた人物だったのだとは思える。屋敷で彼女が大切にされていた事も考えれば、彼女を手放す事に決めたその気持ちに同情さえ出来た。


「あの……」


 そこで、彼女がやけに不安そうにこちらを見てくるから、アードは思わず首を傾げた。


「とても醜い傷跡なのです。ドートーが見ていられないくらいの……」

「もう、痛み等はないのですか?」

「いえ、それは治療して頂きましたので。ですが、傷跡は消し切れないので一生、このままだそうです」

「そうですか、さぞお辛かった事でしょう」


 そこでなぜか彼女が黙ってしまって、アードは考える。やはり顔に傷がついた事は彼女にとっては相当辛い事に違いなく、まだ精神的に立ち直れていないのだと。


「それで、その……貴方は、こんな、醜くなってしまった私でも傍にいて守ってくださいますか?」


 今更言われる事だとは思わなかったので、アードは笑って返した。


「何をおっしゃっているのです、当然ではないですか」


 不安そうだった彼女の表情が途端、華やかな笑顔に変わる。あまりにも幸せそうに笑うから、アードはその笑みにまた見惚れて、そうして自然と自分も笑ってしまっていた。


「おっし、そんじゃ2人のパーティー加入が決定したとこで、こっからは歓迎会だな!」


 セルパと名乗っていた大柄な男が、立ち上がって手に持っていたジョッキを高く掲げる。


「仕事の打ち上げても兼ねてねぇ~」


 弓使いのアンナという女は言いながら、ルーテアに抱き着いていた。それにはちょっと驚いたアードだったが、ルーテアが嬉しそうに笑っていたから既に仲がいいのだろうと察した。

 そうして、もう片方の隣にいたこのパーティーのリーダーだと言っていたディタルが自分に話しかけてくる。


「うちのパーティーにようこそ、歓迎するよ。これからよろしく」


 アードは、相変わらず我関せずという顔で酒を飲んでいる黒い男をみてから、ディタルに向き直って笑った。


「こちらこそ、これからよろしくお願いいたします」


そんな訳でこの2人はディタル達のパーティーに入れて貰って冒険者をする事になりました、というお話でした。次回はセイネリア視点に切り替わって、酒場の話をあと2話程、そこから最後の後日談で1話、残り3話で終わる……筈。

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