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黒の主  作者: 沙々音 凛
【番外編:或る女の願い】
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78・酒場にて2

 アードがどう反応すればいいのか分からず戸惑っている間に、彼等はこちらのテーブルにやってくると当たり前のように椅子に座り、店員を呼びつけて注文まで始めてしまった。


「やっぱ仕事終わりは肉だろ肉っ」

「爺様、何飲むぅ?」

「俺ァ麦酒エールでいいわ」


 呆然としている中、周りは仕事の打ち上げノリで進んで行く。そうして酒がそれぞれの手に行き渡ったところで、弓を肩に掛けた女性がテーブルにあった頼んだだけで放置していたジョッキを持ってアードに押し付けてきた。


「はいはい、貴方も持って持って~、まずは乾杯~」


 ここで場の空気を壊して拒絶出来るような人間でもないため、アードは仕方なく彼等と共に乾杯をする事になったのだが……当然訳が分からなくて黒い男をちらちら見る事になる。せめて何か少しくらいは説明してくれるだろう……という期待はどうやら叶わなそうで、黒い男はこちらが見ているのを分かっている筈なのに無視して酒を飲んでいる。


「で、貴方、名前はアードでいいのかしら?」


 流石に苛立ってきたところで、隣に座った弓持ちの女性が話しかけてきた。


「え? あぁ……そう、呼んでくれていい、です」

「でもそれって愛称なんでしょ? 本名はアーネイド、だったかしらぁ?」

「そ、そうです、が……」

「わぁかってるわよぉ。本名で呼ぶのは姫様だけ、なんでしょ」


 馴れ馴れしくそんな事をいいながら小突いてこられたが、いくら苛立っていてもその感情のまま言い返すようなアードではない。相変わらずちらちらと黒い男に視線を送りつつも、表面上は穏やかに笑ってみせる。


「わったしはねー、アンナ・クルックよ、弓役でーす」


 酒が入っている彼女は、少し酔っているらしい。

 そうしたら逆の隣に座っていた、礼儀正しそうな男が握手を求めてきた。


「俺は、ディタル・ゼント・レット・レント。このパーティーのリーダーという事になってる」

「あ、あぁ」


 仕方なく握手を返せば、残りの2人も次々に自己紹介を始めだす。


「俺はセルパ・ナン・ロク、役割は見ての通りだ」

「で、俺はゾーネヘルト・ダイザックだ。リパ神官で、いわゆる治癒役って奴だ」


 確かに状況的に自己紹介してくるのは分かるのだが、なんというか皆やけに友好的というか馴れ馴れしい。


「ではアード、君の剣の腕はなかなかだと聞いてる。前衛は何人いてもいいからね、歓迎するよ」


 そこまではただ苛立ちを隠して穏やかに返していたアードだったが、その言葉を聞いて何か自分が思っていた状況と違っているらしい事に気づいた。もう表面を取り繕う事もせず、黒い男を睨んで言う。


「……いい加減、この状況を説明してくれてもよいのではないでしょうか?」


 丁度酒を飲んでいた男は、そのままジョッキを置いて口を拭ってからわざとかと思う程ゆっくりとした口調で答えた。


「今日からあんたは彼らのパーティーに入る事になった」

「え?」


 話が唐突すぎて頭が処理しきれなくて、すぐにはそこから言葉が出なかった。だが黒い男は気にせず、面倒そうに言葉を続ける。


「国外からきていきなり冒険者を始めるのはかなり大変だぞ。だがそれなりに慣れているパーティーに入れて貰えばいろいろ教えてもらいながらすぐに仕事を始められる」

「いや、そういう話を聞きたいのではなく……」

「こいつらなら、あんた達の事情も分かっているし信用も出来る。腕も悪くない、あんた達にとってはこれ以上なくいい条件のパーティーだと思うぞ」

「だからっ、そもそもそれ以前に、何故俺が冒険者になる話になったんですかっ」


 最後は怒鳴って立ち上がったが、それでも黒い男はまったく動じないというか気にしていなかった。彼はまた手にもっていたジョッキを呷ると、視線を店の入り口の方に向けた。


「どうやらやっともう一人の新人が来たらしい」


 相変わらず訳が分からないが、向こうの視線を負うようにアードも店の入口の方に顔を向けた。そこからすぐ、確かにこちらに向かってきている2人組がいるのに気づいてそれを見ていて……その一人がカリンだと気づいた後に、もう一人の様子を見ていて、まさか、という気持ちが頭を埋めつくす。

 服装はドレスではなく女性冒険者らしい恰好で、装飾の類は殆どない。だが歩いてくる所作一つ一つをとっても優雅で、その人物の育ちの良さが分かってしまう。マントについたフードを被っているから顔はよく見えない。だが、間違いない。

 呆然と近づいてくる2人を見ている事しか出来ないでいれば、テーブルの前まで来て、その人物はフードを取った。


「冒険者としてははじめまして、ですね。皆様、これからよろしくお願いします」


 言うと彼女はテーブルの皆に向けてにこりと笑ってみせた。


彼女が誰かは言うまでもなく……。

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