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黒の主  作者: 沙々音 凛
【番外編:或る女の願い】
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77・酒場にて1

 首都セニエティ、いわゆる酒場街とも呼ばれる東の下区にあるこの酒場は、仕事終わりには少し早い時間にも関わらず半数近くの席が埋まっていた。

 明るい内から既に酒が入って騒いでいるような連中もちらほらと見かける中、そういう騒々しいテーブルとは離れた隅の席にユラドからきた騎士、アードは一人座っていた。

 彼はまだ迷っていた。

 それは当然、国に帰るかどうかについてだ。

 ユラドの騎士としては、国に帰ってルーテア姫の事を知らせるのが正しい姿だという事は分かっていた。彼女を助けるためにここに来てしまった段階で国を裏切ったも同じではあったが、結果的にドートーとの契約を破る事はなかったから国に帰っても厳罰を受ける事はない筈だ。

 だから帰る事が正しい選択だと理屈では分かっている。だが、それを決断できない感情があった。


 とりあえず、祭りの後、解放されて暫くはカリンの主である黒い男に仕事を頼まれていたから結論を出すのは先延ばしに出来た。だが捕まえていた連中も全て解放する事になって、彼等を見張る仕事も終了した今、さすがにこれ以上決断を伸ばす訳にはいかなくなった。


「全く、どうしたものか」


 何度目か分からない溜息を吐く。今日はここであの黒い男と待ち合わせをしていた。部下達がいると目立つのもあってアード一人で来いという指定だ。幸い、あの襲撃者達を見張る仕事でドートーを手伝ったのもあって、暫くはリシェの倉庫に部下共々そのまま寝泊りしていいと言われている。部下達もドートーの船の人間と仲良くなったのもあって、安心しておいてくる事が出来た。

 ただ……そのせいもあって、次にユラド方面に船を出す時に一緒に乗せていこうかとも言われていた。だからそれまでには必ず結論を出さなければならなかった。


 そこから暫く後、背筋にぞくっとしたものを感じたアードが急いで顔を上げれば、店の入口からこちらに向かってくる背の高い黒い姿が見えた。彼はこちらにとっては協力者であって恐れる事はない――と分かっていても、その姿を見ると背筋が冷たくなるのは仕方ない。


「待たせたか」


 やってきた男は、アードの前の席に座った。どうやら向こうも一人のようだ。彼が来るならカリンも一緒だろうと思っていたから少し意外ではある。


「いえ、少し早めに来ていただけです」

「そうか」


 そうして彼は、店員を呼びつけると酒を頼む。一応アードも一杯頼んでテーブルに置いてあるが、何も頼まないのは悪いと思っただけなためまだ飲んではいなかった。


「とりあえず、これはドートーからの謝礼だ」


 そういって彼は、テーブルの上に小さな袋を置く。


「いや、こちらとしては向こうには迷惑を掛けただけですし、貰う訳にはいきません」

「だがあんた達には仕事をしてもらっただろう、正当な報酬だ、受け取っておけ」

「いや、しかし……」

「あんた達はもう、後ろ盾だった奴に頼れないだろ。なら金は必要だ、貰っておけ」


 そう言われればさすがに否定は出来ない。それに金があれば、今世話になっているドートーの船の者達に一方的に頼らなくて済む、船に乗せてもらう場合も礼を払える――考えてアードはテーブルの上に手を伸ばした。


「ならば、有難く受け取っておきます」

「あんたらもいろいろ準備に金が掛かるだろうしな」

「はい、正直に言えば……助かります」


 そうして懐に金を入れたところで、黒い男の前に酒が運ばれてきた。ただ彼はそれをすぐ飲む事はせず、テーブルに肘をついてこちらの顔を覗き込んできた。


「で、あんたはこれからどうするつもりだ?」


 当然、それには即答を返せない。だから言葉に詰まって目を伏せてしまえば、黒い男は酒の入ったジョッキに口をつけて軽く喉に流し込んでからまたテーブルに置いた。


「……迷っています」


 正直にそう告げれば、黒い男は視線をアードから外して騒いでいる連中の方に向けてから口を開いた。


「あんたみたいな真面目な人間は行動しようとする時、まず、どうすることが正しいか、と考える」


 口調はまるで独り言でも言っているようで、彼はこちらを見て来ない。


「だがそもそも、あんたは正しくないと分かっていてこの国に来た筈だ。正しくないのに、あんたはここに来る決断をした」

「その……通りです」


 そこで黒い男はこちらを見た。金茶色の瞳は凄みがありすぎて、近くで見るだけで息を飲む。


「迷っている時の選択は、どちらか片方が一方的に正解という事はまずない。どちらを選んでもいい面と悪い面があるものだ。だから、後で後悔したくないなら、あんたが選びたい道を選べ。たとえその選択が失敗でも自分で選んだ道なら納得できる。何が正しいかで選べば、失敗を他のせいにして一生自分に言い訳をする事になるぞ」


 言い切ると黒い男は残っていた酒を一気に呷った。

 それから、返事も返せずにアードが下を向いていれば、男は唐突に手を上げた。


「こっちだ」


 酒を追加するのかと思ったが、そこでぞろぞろとやってきた面子を見てアードは何が起こったのか分からず固まった。


「はぁい、やっぱり仕事終わったらぁこうパーっとお祝いしたいわよね」

「いやぁ、本当に終わったんだよなぁ、今回はほんっとーにきつかった」

「まぁでもいろいろ勉強にはなったよ、無事終わったから言えるけどね」


 彼らはドートーの屋敷で見た、この黒い男の仕事仲間達だった。


ここから仕事が終わった後の話になります。

このシーンはあと2話かかる予定です。

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