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黒の主  作者: 沙々音 凛
【番外編:或る女の願い】
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74・確認

 今日のルーテアの部屋の中には、セイネリア以外冒険者パーティの面々が全員いた。ただし、カーテンの奥には彼女自身以外はゾーネヘルトとアンナだけだ。魔法使いは姿を見せるとややこしくなるからと、今日は別室にいてもらっている。侍女達はカーテンの向こう側にいるのだが『その時』には廊下へ出て行ってもらう事になっていた。


 先ほど、警備兵が一人、ボンダリーが来る事を告げるためにやってきた。


 とうとう『その時』が来たのだと思えば、彼女自身は当然として、事情を知っている者達の間に緊張が走る。準備も、事前の打ち合わせも済んでいるから今更確認する事はないが、それでもここが今後を決める大きな壁であるからどれだけ万全のつもりでも不安は消えない。


 だが、ここを上手く乗り切れば自由が手に入る。


 自分では諦めていて本気で手に入るなんて思わなかった自由の身。ただ自分を慰めるための希望として持っていたソレが本当に手に入るかもしれない。彼女は今まで常に国のために失敗しないように立ち回ってきた。だが今回は自分のために、絶対に失敗してはならなかった。


 部屋の扉が開いて、複数人が入ってきた足音が聞こえる。ドートーがボンダリーに対して少し待って欲しいと言ってからこちらに一人、歩いてくる。

 カーテンが少しだけ引かれて、ドートーが顔を出す。


「すまないルーテア、いいだろうか?」


 声は確かにすまなそうだが、顔はこちらに確認するように。ドートーは彼女と目が合うと合図を送るようにこくりと頷いてみせた。彼女もそれに頷き返す。

 カーテンが閉ざされ、ドートーは向こうで侍女達に外へ出るよう指示を出しているようだった。そこから侍女達が外へ出るまでの間、ドートーがボンダリーにいろいろ話しかけているのが聞こえる。


「彼女は今、かなり精神的にも参っておりまして、もしその顔を見ても……驚いたり、顔を顰めたりしないで頂けますか?」

「あぁ分かっている」

「それにあまり近づかれると彼女が逃げるかもしれません。あと大声なども控えて頂きたく……」

「分かった、分かった」


 心配そうな声のドートーはどこまで演技なのか、あまりにもらしすぎてちょっと驚く。ただ話しながらも声が近くなってきているから、確実にこちらに向かってきている。

 そうして声がすぐ近くになったと思えば、カーテンが開けられた。

 立っていたのは、ドートーと初老の商人――前に一度見た事がある、あれがボンダリーだろう――そしてその後ろにあの黒い男が見えて、彼女の緊張は少しだけ和らいだ。それはきっと……あの男がいれば、多少は何か起こってもどうにかしてくれると思えるからだ。


「ルーテア、大丈夫かな?」


 彼女はベッドの上に座って待っていた。ただ頭からは布を被り、顔の右側は見せているものの左側は隠している。

 ドートーがまず先に彼女の前にやってきて、心配そうな声で尋ねてくる。


「こちらはボンダリー殿だ、一度会った事があるだろう? 大丈夫だ、事情は話してある、この方にその傷を見せてほしい」


 この辺りの台詞は打ち合わせ通りだ。ただ練習の時よりも、ドートーの口調は随分感情が篭っている。

 ルーテアは練習通り、右目だけでちらとボンダリーを見て、それからドートーを見て頷いた。そこでドートーがボンダリーの方を向いて頷けば、初老の商人がこちらに向かって歩いてくる。

 ボンダリーが彼女のベッドのすぐ傍で足を止める。

 同時にドートーがこちらを見てきたから、彼女はおそるおそる、ゆっくりと顔の左側を隠していた布を上げた。


 ドートーが顔を背ける、見ていられない、というように。

 ボンダリーは約束通り顔を顰めたりはしなかったが、目つきは険しくなる。そのままじっとこちらを見てくるから、彼女は目を伏せた。今の彼女は顔を見られて傷ついたようにふるまわなくてはならないから、怯えたように体を少し震わせてみる。


「確かにこれは……」


 酷いとか残念だとか言わないのは先ほどドートーに注意されたからか。それともそれより傷が本当かどうかの方に気が行っているのか。

 暫く見ていたボンダリーは、体を乗り出して顔を近づけてくる。ドートーの注意を無視している事になるのだが、今ドートー本人は顔を背けている。

 彼女は怯えた顔をして体を少し引いた。

 ボンダリーは更に顔を近づけてくる。

 彼女もベッドの上で逃げるように更に体を後ろに引いた……のだが、その直後に、伸びて来たボンダリーの手が彼女の顔、傷のある左側に触れた。


 ボンダリーの表情が変わる。それは、疑い確かめようという顔から、落胆へ。


 直後、ルーテアは悲鳴を上げた。取り乱したように、ボンダリーの手を払って下を向き、顔をベッドに押し付ける。頭から手に持っていた布を被る。あとは震えて、パニックを起こしているように見せればいい。


「いやいやいやっ、ボンダリー殿っ、彼女を驚かせないで頂きたい」


 そこでドートーが気づいたように慌てて止めに入った。ボンダリーはそれに大人しく従ったようで、気配が離れて行くのが分かった。宥めるように、背をドートーが優しく撫でてきて、もう大丈夫だ等、言葉を掛けてくる。


「あぁすまない……見ていたら思わず手が出てしまった」


 返すボンダリーの声は一応すまなそうではあった。だが、その声は先ほどまでに比べるとやけに軽い。先ほどまであった強い興味というか関心がなくなって、どうでもいいものに対するそれに変わっていた。


「申し訳ございません、彼女が怯えていますので、もういいでしょうか?」

「あぁそうだな、もういい、十分だ」


 言葉遣いこそ丁寧だが、明らかに言葉に感情が篭っていない。

 それは確実に、もう彼女への興味を失ったという事だろう。


 ドートーはそれからすぐ、部屋の外へ行くようボンダリーに促した。去って行く足音を聞きながら、彼女はベッドに押し付けていた顔を僅かに上げて様子を見る。

 ボンダリーもドートーもこちらを振り返る事はなかった。ただ、その後ろについていた黒い男は最後にちらとこちらを見て、口元に薄く笑みを引いた。


このシーンの内訳話的なのは次回で。

まぁ、ボンダリーが納得したからには感触があったという事です。

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