65・約束
既に日は完全に昇りきっているから部屋の中は一応明るくなっている。一応、とつくのは窓のカーテンが閉められているからだが、それでもこれだけ明るくなっているのなら、ここは朝日が入る明るい部屋なのだろうというのが分かる。
アードは改めて部屋の中を見渡した。
壁際に立っている侍女らしき者とアンナという名の女冒険者は、わざとこちらをみないようにしているのか顔を逸らしている。自分を含め、縛られている者達は無言で俯き、カーテンの向こうから聞こえる冒険者達の会話だけが部屋の中の音としてある。
そうして……この部屋の主である彼女は、ベッドに座ってじっとこちらを見ていた。ただこちらと目が合うと逸らされてしまうから、そこで自分も目を逸らす……という事を実は先ほどから何度も繰り返していたのだが。
とはいえ、いつまでもそれではいけない。
ここで話さなければ、もう二度と話せないかもしれないのだ。時間は限られている、自分から話さなくては。
そうは思ってもこの状況で何から言うべきか分からず、何度か口を開きかけては閉じて迷った末、アードはやっと声を出す事が出来た。
「申し訳ございません」
結局、声に出せたのは謝罪の言葉だったが。
すると彼女はやはり怒っている声で即座に聞き返してきた。
「後悔しているのですか?」
アードはすぐに返せず唇を噛んだが、それでも顔を上げて彼女にハッキリ言った。
「いえ……後悔はしていません。ルーテア様に迷惑を掛けた事は重々承知しておりますが、それでもここにきて、貴女にお会い出来て良かったと思っています」
じっとこちらを責めるように見ていたルーテア姫の表情がそこで緩む。彼女は大きく溜息をつくと、軽く笑ってこちらを改めて見て聞いてきた。
「まぁ、いい事にしましょう。ではもう一つ質問です。貴方はこれからどうするつもりですか?」
「それは……」
そこで言葉が詰まった事に、実はアードは自分自身驚いていた。これから自分がやれる事、やるべき事なら分かっている。国に帰って、彼女がここで大切にされていて、元気でいたとそれを国王や彼女の事を心配していた他の者に報告するだけだ。
ただ、それを言おうとしても言えなかった。
口を閉じてまた俯いてしまえば、彼女がまた溜息をついてから口を開いた。
「私との約束を覚えていますか?」
その言葉にはっとしてアードは顔を上げた。
「私が冒険者になったら迎えにきてくれますか?」
にこりと笑って聞いてきたそれに、彼は大きく頷いた。
「それは、勿論……貴女が望むのでしたら」
「その頃には、私は美人とは言えなくなっているかもしれませんが、それでもですか?」
「当然ですっ」
思わず声が大きくなってしまったのに気づいて気まずそうに目を逸らせば、彼女はクスクスと楽しそうに声を出して笑った。けれども急に、彼女は真顔になるとベッドから立ち上がって彼の前までやってくる。それからしゃがんで目線を合わせるとその表情同様、真剣な声で聞いてきた。
「……どんな私でも、迎えに来てくれますか?」
「はい、誓っても構いません」
即答すれば、彼女は嬉しそうに笑う。国にいた時でさえこんな近くで彼女の笑顔を見た事がなかったアードに、それで見惚れるなという方が無理な話だった。
「変わりませんね、貴方は。そんな簡単に誓って、私がしわくちゃの老女になってから呼ばれたらどうするのです?」
彼女の笑顔に釣られるように、アードも笑った。
「そうですね、その時には私はルーテア様より更に老人になっている筈ですので、あまりお役に立てないかもしれません」
「あぁ……そうね、確かに」
何かに気づいたように彼女は言って、それから口に手を当てて楽しそうに笑う。こんな傍で彼女の笑顔を見られただけでもここへ来た価値以上のものがあったと彼は思った。
「ですので、歳を取っても貴女のお役に立てるよう、出来るだけ衰えないように鍛えておきますね」
「……えぇ、お願いします」
そう言うと彼女は穏やかな笑みを浮かべて立ち上がった。そうして先ほどまでと同じくベッドに座ったのだが、その顔はずっと笑みを浮かべたままだった。
次回からはセイネリア達の事後処理のお話。