60・救出1
「何だ? なんかあったのか?」
セイネリア達が部屋の中に入ると、治癒は終わったのか地べたに座り込んでだるそうにしていたゾーネヘルトが怪訝そうにこっちを見て来た。
「あぁ、実はドートーと警備隊長殿が見当たらなくてな」
「そら知ってるが……」
セイネリアは部屋の中を見渡した。部屋にいたのはゾーネヘルトとリパ神官がもう1人。それと治癒が終わったばかりなのか、縛られている者が1人……いや、その1人が例のアッテラ神官で、しかも猿轡まで噛ませて厳重に動けないよう縛り上げてあった事で、セイネリアの唇が思わず笑みに歪んだ。
「治癒は終わったのか? そいつは連れてく前に治してたんじゃなかったか?」
すると老神官は人の悪そうな笑みを浮かべてしたり顔で言ってくる。
「複数人を捕まえてぶち込んでおくときはな、魔法役は口を塞いで他連中と離して別の部屋に置いとくもんなんだぜ」
「さすが爺さんは経験値が違うな……助かる」
最後の言葉でゾーネヘルトの表情が真顔になった。
「どうしたんだ?」
セイネリアはそこでゾーネヘルトと、横で同じく座り込んでいた神官に手招きをする。2人は顔を見合わせた後、座ったままずりずりとこちらにやってくる。更にセイネリアは後ろを振り返って、見張りで入って来ていた警備兵も呼び寄せた。
「ちょっと話があるんだ、来てくれ」
声は出来るだけ小さく。まずはこの警備兵を説得しなくてはならない。警備兵は不思議そうな顔をしていたもののこちらに来て、セイネリアとセルパが神官2人に合わせてしゃがむのを見ると同じくしゃがみこんだ。
セイネリアは一応アッテラ神官に聞こえないよう、聞こえるぎりぎりの小声で話し出した。
「ドートーは、騎士団員が屋敷周辺で捕まえた賊を連れてきた、という知らせを聞いて部屋を出たんだ。その時に当然、ロッダも一緒に部屋を出ている。そしてドートーはその後、向かった筈の正面玄関に現れる事なく行方をくらませた。この意味が分かるか?」
警備兵の男を見て尋ねれば、彼も言われた事の意味が分かったらしい。
「ロッダ殿を疑っているのですか? ロッダ殿は旦那様の命令で捕まえた敵をここまで運び、そのままここの警備をするよう言われたそうです。おそらく移動中に賊を見つけて捕まえ、そういう事になったのだと思いますが」
確かにディタルもそう言われたらしい。だから彼は疑わなかった。だがそれはどう考えても不自然だ。
「聞きたいんだが、あんたとロッダはどっちが先にここにいたんだ?」
「それは私……ですが」
「最初はあんた1人だったのか?」
「えぇ、だから私だけでは心もとないと思ってロッダ殿がそのまま警備に入る事になったのだと思います」
セイネリアはわざと溜息ついてから言ってやる。
「あのな、賊がやってきて屋敷のあちこちで騒ぎが起こっている状態で、一番自分が信頼している腕のいい護衛役をドートーが傍から離すと思うか?」
警備兵は青い顔をする。ゾーネヘルトが声を殺しながらも、そりゃそーだ、と言って笑った。ただこれだけだと割り切って協力してくれないかもしれないから、一つの可能性を示しておいてやる。
「で、だ。こっちで捕まえた連中の中に魔法使いがいたんだが、こいつの魔法は見た目を変えられるというものだったんだ……つまり今廊下にいるロッダも、隣の部屋に放り込んである連中も、見た目通りの人間でない可能性がある。俺の予想としては――ドートーと警備隊長殿は騎士団員が来た知らせを受けて正面玄関へ向かう途中、今そこにいるロッダに捕らえられ、魔法使いによって見た目を変えられた。そうしてロッダは捕まえた賊としてその2人をここへ連れてきた――という訳だ」
あのロッダの顔は魔法で変えられたものではない――というのをセイネリアは分かっている。だが今外にいるロッダが偽物かもしれないと言っておいた方がこの警備兵的には状況を受け入れやすい筈だ。
「ちなみにロッダが連れて来た賊は何人だった?」
「……2人です」
「その2人は何か言っていたか?」
「……いえ、気を失った状態で運ばれて来ていたので……」
そこでさすがに彼も納得したらしい。考え込んで下を見ていた警備兵はごくりと喉を鳴らして顔をあげた。
「それで……どうするんですか?」
セイネリアは立ち上がって部屋の石壁の方へと歩いていくと、その壁をノックするように叩いてみた。
「この壁の向こうが捕まえた奴を放り込んである部屋で間違いないか?」
そうしてもう片手を横に伸ばす。まもなく、その手には魔槍が現れた。
壁に向かって魔槍を出したら……何をするかは……。
そんな訳でこのシーンは長くなるので暫くは『次回はこの続き』となります。