58・察しろ
ドートーの居場所が分かった、とは言うものの、セイネリア達一行はまずは一旦守るべき対象である彼女を部屋に返しに行くことにした。なにせ彼女をいつまでも外に置いておく訳にもいかないし、門から誰も出すなと言っておけばドートーの方は一刻を争う程急ぐ必要もない。セイネリア達の仕事としては、とにかく彼女の安全が最優先だ。
ただその際、例の魔法使いとアード達ユラドの連中も連れて行くと言ったのには本人達は勿論、カリン以外の全員が驚いた。とはいえセイネリアとしては警備兵に引き渡さなかった段階で他にどうする気だと思うところだ。
ちなみにカリンとジーナは残ってる侵入者がいないか、そのまま敷地内を調べて貰うように指示して別れた。屋敷の外に仲間がいるから彼女達だけでも脱出は可能だと思うが、それが難しかったらセイネリアの名を出してこちらに連れて来てもらえと言ってある。
そうして部屋に戻って、ルーテアには奥の部屋へ行ってもらうのはいいのだが、問題は連れてきた魔法使いとユラドの連中だった。
「あんた達にとって悪いようにはしないと約束する、だから今は縛られて貰えるか?」
そう彼等に言えば、アードという男はじっとセイネリアの顔を見てきた。こっちの顔をまっすぐ見てこれるだけでそれだけの覚悟はある男なのだろうと分かる。
「俺は嘘はつかない。約束した事は守る」
そう言ってやれば、視線だけちらと部下達の方に向けてから彼は言った。
「分かった。皆、彼のいう通りにするぞ」
彼がそう言えば、その部下達も不安そうだが頷いた。
魔法使いもすんなりと手を前に出す。
「別にこんなマネしなくても杖がなければなにも出来ないが、まぁいい」
セイネリアもこんな事をしなくても彼らは大人しくしているとは分かっていた。だがこれは必要な事だった。縛ってある、という前提だからこそ許される事があるのだ。
「彼等は侵入者ではなく、こちらの協力者だ。そういう扱いをしてやってくれ」
「承知した」
ディタルにそういえば、彼は力強く返事を返した。
セイネリアはドートーを助けるのにセルパだけを連れて行く事にしていた。部屋に残った連中の中で責任者といえる人間はディタルであるから、彼にそう言っておけばたとえ他の警備兵に見つかったとしても連中を守ってくれるだろう。
「それと、出来るだけ彼等を他の連中に見られたくない、だから彼等はカーテンの向こうに置いてくれ。縛ってあるんだ、アンナが見張りにいれば大丈夫だろ」
「いや、いくら隠すためといっても、女性の寝所があるんだぞ……」
彼の性格上当然ではあるが、ディタルは難色を示して言葉を濁す。こういう真面目な男は信用出来るのはいいのだが、真面目過ぎて機微に疎いのは面倒だ。
だが彼とは違ってそういうのには敏感なアンナが、ここで察して会話に入ってくれる。
「あーそうね、分かったわ~大丈夫よ、どーせ今から寝る事はないでしょうし、そこまで長い間じゃないだろうしぃ。ヘンな事はないよーに私がちゃぁんと見張ってるし、何かあったらすぐ呼ぶから」
「いやでも、さすがに守るべき対象のところに彼等を置くのは危険では……」
「だーかーらーぁっ、そのためにわざわざ縛ったのよ、わかりなさいっ」
ディタルはまだ不満そうではあったが、アンナにそこまで言われれば反論は諦めたらしい。アンナはどうにか引き下がった彼の肩を叩いて宥め、縛った連中を連れて行くため彼等の方へ無理やり背中を押してむかわせる。それに続いてセイネリアもアード達のところへ行くと、彼と、ついでに魔法使いの綱をもって立たせた。
「という事で、あんた達は暫く向こうの部屋にいてもらう」
「え……だが」
アードは困惑した顔をしたが、魔法使いが茶化すように彼に言った。
「最後に姫様と話す時間をくれるという事だろ、案外親切な男だ」
セイネリアはそれには何も言わなかったが、ユラドの騎士はそこから申し訳なさそうに顔を俯かせる。だがそんな彼もカーテンの向こうへ連れて行けば顔を上げて部屋の主であるルーテアの姿を見つめた。勿論ルーテアも、真っ先にアードを見て驚いてからセイネリアに困惑した目を向けてきた。
「悪いな、警備兵の連中が来た時のためにこいつらを隠しておきたいんだ。暫くここに置かせてくれ」
「え? ……えぇ」
セイネリアがやってきてすぐは困惑していたルーテアだったが、意図が分かったのかはっと気づいた顔をすると、そこから泣きそうな顔で笑った。
「ありがとうございます」
「礼を言ってもらう理由はないぞ」
「いえ……ありがとうございます。」
そうしてその場で頭を深く下げる。その様子を見ただけで、ルーテアとこの男がどの程度の仲なのかは大方予想がついた。あとは彼らが何を話してどうする気かは任せて、セイネリアはさっさとカーテンの向こうに行く事にした。その際、ルーテアに背を向けたセイネリアに、他の連中を連れて来たアンナがすれ違いざまウインクしてくる。……そのせいではないが、セイネリアはそこで足を止め、一度振り返った。
「ルーテア」
呼ぶと、彼女は驚いた目でこちらを見た。
「あんたの『才能』がある限り、あんたはここにいなければならない。だがそれは逆にその『才能』を捨てる気があれば、あんたはいつでもここから出ていけるという事でもある」
それだけを告げて、今度こそ部屋を出るつもりで彼女に背を向ける。
ただその前に、同じく捕まえた奴を連れてきていたセルパの肩を叩いた。
「さて、こっちは雇い主殿を助けにいくぞ」
「お、おぅ。……で、どこにいくんだ?」
彼のこの抜けた質問ももう慣れたが、それでも苦笑が出るのは仕方ない。
「勿論、今回捕まえた奴を放り込んであるところだ。ドートーと警備隊長殿は、おそらくそこに顔を変えて放り込まれてるからな」
いいながら魔法使いの方を見れば、彼女はにやっと笑みを浮かべた。それが答えだろう。
一方、言われたセルパは盛大に驚いていたが、そこでディタルに『頼むぞ』と言われたら反射的になのか、得意げに『おう』と返事を返した。その彼にディタルが笑って、その場にいたアンナも笑う。セルパだけは納得がいかないという顔をしていたが、そんな彼の肩を再び叩いてセイネリアは彼の横を通りすぎるとカーテンに手を掛けた。あわててセルパが追いかけてくる。そのまますぐ向かおうと思っていたセイネリアだったが、ふと思い立ってカーテンの向こうに行く前にディタルとアンナに向けて軽く手を上げた。
「では、いってくる」
「あぁ、頼む」
「いってらっしゃい、心配はしていないわよ」
「え? あ、そうなのか?」
アンナの返事に困惑するセルパにまた笑い声が起こって、そうしてセイネリア達は最後の戦闘が予想される場所へ、笑い声の中向かう事になった。
そんな訳でセイネリア達は捕まえた奴を放り込んである部屋へ向かいます。